ビーチャム&ロイヤル・フィルによるハイドンの≪軍隊≫と≪ロンドン≫を聴いて

ビーチャム&ロイヤル・フィルによるハイドンの≪軍隊≫と≪ロンドン≫(1958年録音)を聴いてみました。

ビーチャム(1879-1961)は、イギリスの製薬会社御曹司として生まれた指揮者。音楽の専門的な教育を受けてはいませんでしたが音楽活動に打ち込み、裕福な家柄だったこともあって、私財をつぎ込んで1932年にはロンドン・フィルを設立したり、第二次大戦後にはロイヤル・フィルを創設したりと、イギリスの音楽界の発展に大きく寄与をしています。
また、オペラの上演にも力を入れていて、ロイヤル・オペラ・ハウスを自腹で借り切って自分の思う通りの公演を催したり、自らのオペラカンパニーを立ち上げたりもしています。そして、ロンドン・フィルの設立と同年の1932年には晴れて、ロイヤル・オペラ・ハウスの音楽監督に就任しています。
そのようなビーチャムはハイドンを深く愛していたようで、手兵のロイヤル・フィルと『ザロモン・セット』全12曲をステレオ録音してくれています。当盤は、その中の1枚。

さて、ここでの2曲の演奏について。
暖かみがあって、人懐っこさの感じられる演奏であります。聴き手を包み込むような音楽が繰り広げられている。なんとも滋味深い演奏であります。
それでいて、決してぬるま湯に浸かっているような演奏でありません。こじんまりとしたものでもありません。とても恰幅の良い演奏となっています。豊麗で輝かしくもある。そして、おおらかな中にも、しっかりとしたスケール感を伴っている音楽となっている。
そのうえで、キビキビとした運動性を有していて、音楽が至る所で弾けており、生気に満ち溢れている。目鼻立ちがクッキリとしていて、立体感のある音楽となってもいる。歌うべきところはシッカリと歌わせていて、表情豊かでもある。
なるほど、今流の「刺激」は、どこを探しても見当たりません。それはもう、円満な音楽世界。しかしながら、落ち着きの中にも颯爽とした風が吹いていて、それが誠に心地よい。しかも、音楽全体が揺るぎない風格を示していて、安心してハイドンの音楽世界に身を浸すことのできる演奏となっている。決して大上段に構えるよう演奏ぶりでない中から、充実し切っている音楽が聞こえてくる。

肩ひじを張らずにリラックスして聴きながらも、充実感を存分に味わうことのできる素晴らしいハイドン演奏。そして、実にチャーミングな、素敵なハイドン演奏であります。