沖澤のどかさん&京都市交響楽団の演奏会(オール・フランス・プロ)を聴いて

今日は、沖澤のどかさん&京都市交響楽団の演奏会を聴いてきました。演目は、下記の4曲。
●オネゲル 交響曲第5番≪3つのレ≫
●タイユフェール ハープと管弦楽のための小協奏曲(独奏:吉野直子さん)
●イベール ≪寄港地≫
●ラヴェル ≪ボレロ≫

今シーズンより京響のシェフに就いている沖澤さん。常任指揮者としての定期演奏会への登場は、これが3回目になります。(それ以前の京響との共演は、1回のみ。)
前回の9月の定演で演奏されたコネッソンの≪コスミック・トリロジー≫での、鋭敏な演奏ぶりに魅せられただけに、本日のオール・フランス・プログラムには大きな期待を寄せていました。沖澤さんとしましても、自信をもって組んだプログラムなのではないでしょうか。
とりわけ、前半に、フランス6人組から2人の作曲家をピックアップして、あまり実演で採り上げられることのない作品を並べているところに、沖澤さんの意欲が窺えます。

それでは、本日の演奏会をどのように聴いたのか、書いてゆくことに致しましょう。まずは、前半の2曲から。
これまでに聴いてきた沖澤さんの演奏からも共通して感じられた、誠実で、几帳面さの滲み出ている演奏が展開されていました。この点は、沖澤さんの美質だと言えましょう。
そのうえで、オネゲルでは鋭敏さも感じられた。冒頭部分などは、なかなかに鮮烈な演奏ぶりが示されていて、オーケストラから輝かしい響きを引き出してくれていた。更には、音楽から「重み」のようなものが感じられた。冒頭部分に限らず、総じて精妙な音楽を奏で上げてくれていたとも言えそう。そのうえで、豊かな息吹が感じられもした。
そのような沖澤さんの音楽づくりに対して、京響も献身的に応えていた。とりわけ、第1楽章の真ん中やや手前辺りでのトランペットパートの、輝かしくて力強さに満ちた演奏ぶりには惚れ惚れしてしまいました。また、この曲は、バスクラリネットの活躍が目立っていて、流暢な演奏ぶりでありました。演奏後には、木管楽器群の中で、真っ先にバスクラリネットを立たせていたのも頷けます。
但し、沖澤さんの音楽づくりに、例えば第1楽章の中間部など、緊張感が乏しく感じられる箇所も散見された。楽章が終わって、緊張を解くタイミング(指揮者が指揮棒を下ろすタイミング)も、私より随分早かったのが、緊張感の浅さを裏付けているように思われたものでした。
タイユフェールの小協奏曲は、滅多に演奏されない曲だと言えましょう。本日、プログラムに組まれている作品の中でも、最も希少価値の高い作品だと言えそう。しかも、吉野直子さんも初めて演奏するとのこと。これには、驚いてしましました。
とは言え、吉野さん、作品の呼吸感をシッカリと把握している演奏を展開してくれていて、感心させられました。オシャレで、可憐で、粋で、典雅な雰囲気が、存分に漂っていた。軽妙でもあった。何よりも、音楽の流れが頗る自然であり、作品の「実像」のようなものが、クッキリと浮かび上がる演奏ぶりでありました。吉野さんの音楽性の豊かさと、経験の豊富さとが実を結んだ演奏だったとも言えそう。
安心して、この作品の音楽世界に身を浸すことのできた、素晴らしいソロでありました。
そのような吉野さんをサポートする沖澤さんもまた、軽妙な音楽づくりに注力していたようで、ソロをシッカリと支えてくれていました。
吉野さんによるアンコールは、トゥルニエという作曲家による≪朝に≫という作品だったようです。こちらでも、ハープという楽器が本来的に持っている、典雅な雰囲気が前面に押し出された音楽が鳴り響いていました。

続きまして、後半の2曲に移りたいと思います。前半と同様に、沖澤さんらしい、几帳面な演奏が繰り広げられました。
とりわけ興味を引かれたのが、≪ボレロ≫で旋律に初めて第1ヴァイオリンが加わった箇所。すなわち、4回り目を迎えたところ。ここの箇所まで来れば、多くの演奏では、力八分くらいにまで音楽が膨張している、といった演奏ぶりになると言えそうですが、沖澤さんが奏で上げた演奏は、六分くらいの力で、余裕を持って弾かれていた。しかも、あまり粘らずに、音の輪郭(メロディの輪郭)を、明瞭に際立たせていた。それ故に、清潔感のようなものが漂っていて、スッキリとしてもいた。ここの箇所を、このような「いでたち」で奏でようと感じ取った沖澤さんの感受性に、驚嘆した次第。しかも、単に目新しさを感じただけでなく、説得力の強い音楽になっていた。
そこから、最後に向かっていって、存分に音楽が膨張していき、大きなクライマックスを築いてゆく。その様は、圧倒的でありました。
なお、ラヴェルは、速度を♩=66と指定しているとプレトークで紹介されていました。♩=66は、他の演奏に比べると、やや遅めと言えましょう。ミュンシュが最晩年にパリ管と録音した≪ボレロ≫が、ラヴェルの指定した通りのテンポだと、何かで読んだように記憶しています。その時のミュンシュによる演奏は、約17分を要している。それからすると、今日の沖澤さんによる演奏は、さほど遅いとは感じられなかった。とは言え、決して慌てながらの歩みでもなく、ジックリと音楽を鳴らしていた。適正なテンポだったと言えるのではないでしょうか。
ちなみに、京響奏者による個々のソロは、概ね見事でした。とは言え、楽器によって、フレージングや、旋律を奏で上げる滑らかさなどに、ばらつきが感じられたのが、惜しいところ。特に、サックスの2人のフレージングが他と異なっていたこと(この2人は、エキストラなのでしょうが)と、トロンボーンの後半が、滑らかさを欠いて、やや力任せになっていたのが気になりました。やはり、ここのトロンボーンは、最大の難所でありますね。
≪寄港地≫は、音楽がシッカリとうねっていた。3曲目の「バレンシア」の中盤を過ぎた辺りでは、音楽をしゃくりあげるようにしていて、ラヴェルの≪ラ・ヴァルス≫を演奏すると、さぞや嵌まるだろう、といった演奏ぶりとなっていました。
その一方で、「バレンシア」の最初の方では、音楽の動きに生硬さが感じられて、洒落っ気が乏しかった。また、1曲目の「ローマ、パレルモ」では、匂い立つようなエレガントさが不足しているように感じられた。こういった味わいを、日本人演奏家が表出してゆくのは、かなりハードルが高いと言えそう。今後の沖澤さんには、この辺りを克服してゆくことを期待したい。

なお、定期演奏会には珍しく、アンコールが演奏されました。石川での地震に見舞われた被災者を応援する、という意図からでしょう、徳山美奈子さんという作曲家による、交響的素描≪石川≫(加賀と能登の歌による)から第2楽章の「山の女・山中節」という作品が演奏されたのであります。
沖澤さん、井上道義さんによる推挙で、石川のオーケストラ(アンサンブル金沢なのでしょう)のアシスタントを務めていた経験があることを、プレトークで紹介されていました。そのような縁もあって、石川には「第2の故郷」のような愛着があり、この度の地震での被害の大きさに、心を痛めているとのこと。
「加賀と能登の歌による」という副題が示唆しているように、イベールの≪寄港地≫に似通った音楽だったように思え、本日のプログラムとの関連性が窺えました。特に、オーボエによるソロが重要な役割を演じていたのは、≪寄港地≫の第2曲目の「チュニス」を彷彿とさせる。また、海を感じさせられる(潮の匂いのようなものが漂う)音楽となっていて、ブリテンの≪ピーター・グライムズ≫の「四つの海の間奏曲」を思い起こすような箇所もあった。
このアンコールの演奏は、とりたてて何かを書き並べるようなものではなかったように思えますが、それよりも何よりも、沖澤さん本人とも因縁の深い石川への「思い」を受け止めるに十分なアンコールでありました。