仲道郁代さんのピアノリサイタル(西宮公演)を聴いて

今日は、兵庫県立芸術文化センターで仲道郁代さんのピアノリサイタルを聴いてきました。演目は、下記の5曲。
●ベートーヴェン ピアノソナタ第19番
●ベートーヴェン ピアノソナタ第20番
●ベートーヴェン ピアノソナタ第18番
●シューマン ≪パピヨン≫
●シューマン ≪謝肉祭≫

なお、このリサイタルは、2018年に開始された「仲道郁代 The Road to 2027 リサイタル」の中の1つ。この取り組みは、仲道さんが、ベートーヴェンの没後200年と自身の演奏活動40周年が重なる2027年に向けて企画されている、10年間に及ぶコンサートシリーズで、ベートーヴェンを核にした〔春のシリーズ〕と、ピアニズムの新境地に挑む〔秋のシリーズ〕の2本の柱で展開されているとのこと。

今回は、ベートーヴェンとシューマンを並べた、すっきりとした、しかも、適度な重量感のあるプログラムになっています。と言いつつも、ベートーヴェンのピアノソナタの中では最軽量とも言える、愛らしい曲想と構造をした第19,20番(ソナチネと呼ばれることも多い)を含んでいるところに、慎ましやかさが感じられます。
仲道さんによるベートーヴェン、ちょうど1年前に聴いた≪テンペスト≫が素晴らしかっただけに、同時期に作曲された第18番でどのような演奏を聞かせてくれるのか、とても楽しみでありました。しかも、第18番のほうは、あまり深刻にならず、「女性的」とも言えそうな優美な性格や、明朗さを有しているだけに、より一層、仲道さんには合っていそう。
なお仲道さんによると、第19,20番は、いずれの楽章もト調で書かれているため、2曲で1曲と見なすことができ、本日は、第20番第1楽章→第19番第1楽章→第20番第2楽章→第19番第2楽章という順で演奏されるとのこと。
併せまして、シューマンではどのような演奏ぶりを披露してくれるのかも楽しみにしながら、会場へと向かったのでありました。

ホール前の花壇、本日は、このような様子でした

さて、本日の演奏を聴いての印象についてであります。まずは、前半のベートーヴェンから。
第19番と20番を繋ぎ合わせて演奏するというアイディアは、なるほどと思わせるものでありました。しかしながら、緩徐楽章に見立てた第19番の第1楽章は、必ずしも緩徐楽章とは言い切れない。そして、メヌエット楽章となる第20番の第2楽章は、A-B-Aの形式よりももっと複雑な構造をしているため、4楽章形式のソナタでのメヌエット楽章としては異質。やはり、4つの楽章を繋ぎ合わせ、配置を変えて演奏すると、違和感を覚えてしまったというのが正直なところであります。とは言え、このような意欲的な試みを実行に移したことに、敬意を表したいと思います。
演奏内容については、仲道さんらしい、抒情性や可憐さを備えていつつ、ベートーヴェンに必要な力感や躍動感にも不足のない演奏でありました。詩的であったとも言えそう。ここで演奏された3曲の性格ゆえ、詩的であったり、可憐であったり、といった面が優っていて、それがまた好ましくもあった。
しかしながら、ところどころで、音楽の流れに淀みが感じられ、ギクシャクしていた。それは、ほんの些細な程度ではあるのですが、ガムシャラに奏でるような音楽ではない分、目立ってしまったとも言えそう。そう、ごまかしが効かない音楽を奏でる際の難しさが露呈されてしまった。そのような気がします。
柔和な音楽世界の中で、随所にアクセントが施されながらも、優美で、息を飲むような美しさが備わっていた佳演が繰り広げられていただけに、余計に残念でありました。
シューマンは、ある程度ガムシャラに弾くことができます。後半に期待したい、との思いで、休憩に入ったものでした。

大ホール3階の、オープンテラスの様子

その、後半のシューマンでありますが、仲道さんらしい、清々しくて、冴え冴えとしていて、かつ、シューマンの熱狂や情熱も必要十分に備わっている演奏でありました。と言いつつも、ガムシャラに弾いてゆく、というスタイルとも違う。前半と同様に、柔和な演奏ぶりをベースにしながら、躍動感にも不足のない演奏が繰り広げられていたのでした。
本日の2曲は、いずれも、ストーリー性のある作品だと言えましょう。その点については、各曲を演奏する前に、仲道さん自身が説明をしてくださっていたのですが、演奏面においても、ストーリーテラーとしての確かさが感じられもしました。端正で、凛としていて、かつ、毅然としてもいた。そのような中にも、優しさや、柔らかさや、暖かさを滲ませている演奏ぶりでもあった。そして、繰り返しになりますが、力感や、躍動感にも不足がなかった。そう、打鍵はさして強靭というほどでもないのですが、楽器が充分に鳴っていたのであります。
なるほど、ルービンシュタインのように、煌びやかであったり、豊麗であったり、といったものとは一線を画したものではありましたが、充分に豊かな音楽世界が、丁寧に、そして、細やかに描かれていった。
なお、アンコールでの「トロイメライ」がまた、訥々と弾かれながら、しみじみとした情感や、ちょっとした儚さや、そのうえでの清浄な希望や光や、といったものが込められていて、仲道さんが描き上げる音楽世界にグイグイと引き込まれていったものでした。
後半のシューマン全般において、「魅力的なピアノ演奏を聴くことができた」という思いが湧き上がってくる、素敵な演奏でありました。

来年の「仲道郁代 The Road to 2027 リサイタル」の春の公演は、ベートーヴェンのピアノソナタ第27,13,14番(月光)と、シューベルトのピアノソナタ第18番(幻想)が組まれています。
来春も、西宮公演が企画されているのか未発表のはずですが、是非とも、またこのホールで、素敵なベートーヴェンとシューベルトを披露して欲しいものであります。