ケルテス&ロンドン響によるロッシーニの≪スターバト・マーテル≫を聴いて

ケルテス&ロンドン響によるロッシーニの≪スターバト・マーテル≫(1971年録音)を聴いてみました。
独唱陣は、ローレンガー(S)、ミントン(MS)、パヴァロッティ(T)、ゾーティン(Bs)。そう、パヴァロッティも参加しているのです。録音当時、パヴァロッティは36歳。
1973年4月に、テルアビブの海岸で遊泳中に、高波にあらわれた溺死したケルテス。当盤は図らずも、追悼盤として発売されたのでありました。

ところで、ケルテスによるイタリア物とは、とても珍しいと言えましょう。
と言いましても、ケルテスはオペラ劇場でも積極的な活動を繰り広げていた指揮者でありました。セッション録音でも、ドニゼッティの≪ドン・パスクワーレ≫が遺されています。そこでの演奏はと言いますと、生き生きとした臨場感に溢れた、イタリアオペラとして何ら違和感のないものでありました。
オペラハウスでは、ロッシーニのオペラも数多く手掛けていたことでしょう。

この≪スターバト・マーテル≫でも、イタリア音楽として、全く違和感のない演奏が繰り広げられていて、聴き応えが充分。
ケルテスらしい、誠実で清潔感溢れる演奏ぶりが示されています。誠に端正な演奏となっている。それでいて、躍動感に満ちてもいる。なるほど、「地中海的な真っ青な空が広がっている」と言うにはちょっと違っていて、やや雲った気配が感じられますが、必要十分に朗らかな演奏が繰り広げられている。そして、伸びやかで、しなやかでもある。
そのうえで、宗教音楽としてはかなりオペラティックな性格を持っているこの作品を、大袈裟にならない範囲でドラマティックに演奏してゆくケルテス。その根底には、真摯な演奏態度が流れているが故に、ここでのドラマティックな演奏スタイルが少しも嫌みに感じられない。
歌手陣では、何と言いましてもパヴァロッティが素晴らしい。リリックで甘美で、輝かしくて伸びやかな声と歌いぶりは、ロッシーニの音楽にピッタリであります。
そう言えば、パヴァロッティによるロッシーニのセッション録音は、シャイーとの≪ウィリアム・テル≫全曲と、ガンドルフィ指揮による≪小ミサ・ソレムニス≫が遺されているくらいなのではないでしょうか。その意味でも、この≪スターバト・マーテル≫は、とても貴重な録音だと言えそう。

作品の魅力を充分に示してくれながら、充実感に溢れた音楽世界が広がっている、ここでの演奏。
なんとも素敵な演奏であります。