マッケラス&チェコ・フィルによるドヴォルザークの交響詩集より≪水の精≫と≪真昼の魔女≫を聴いて

マッケラス&チェコ・フィルによるドヴォルザークの交響詩集より≪水の精≫と≪真昼の魔女≫(2008年録音)を聴いてみました。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリー)に収蔵されている音盤での鑑賞になります。

ヤナーチェクの作品を得意にするなど、チェコの楽壇と縁の深いマッケラスが指揮するドヴォルザーク。その演奏はと言いますと、聴き応え十分で、頗る魅力的なものとなっています。
なお、交響詩と言えば、まずはR・シュトラウスを思い起こす方が多いのではないでしょうか。更には、このジャンルを創始したリストに思いを馳せる方もいらっしゃるかもしれません。
そのような中で、ドヴォルザークも5曲の交響詩を創作しており、このジャンルにおける重要な作曲家の一人になっていると言えましょう。

さて、ここでの演奏はと言いますと、生気に溢れたものとなっています。音楽が豊かに呼吸しながら、弾け飛んでいる。しかも、大仰な素振りを見せずに、自然な息遣いのもとで。
マッケラスは、私が大きな信頼を寄せている指揮者の一人であります。
とにかく音楽センスが抜群。音楽に対する誠実さをベースにしながら、奏で上げられる音楽は、生き生きとしたものとなっている。精彩に富んでいる。そして、逞しい生命力を宿している。しかも、しなやかで、伸びやかで、自然な音楽運びに特徴を持っている。音楽全体が、実に快活なものとして奏で上げられてゆく。
ここでのドヴォルザークの演奏も、まさに、そのようなマッケラスの特質が遺憾なく発揮されていると言いたい。
そのうえで、情景描写が巧み。
≪水の精≫においては、水が渦巻く様を見事に描き上げながら、精霊が人間の娘を水の底へと引きずり込んで繰り広げられる恐ろしくも悲しい物語が雄弁に語られてゆく。
≪真昼の魔女≫では、快活でありつつも、不気味さも潜んでいる様が、誇張のない形で、生き生きと描き出されている。
いずれにおいても、オーバーアクションを見せるようなことはないものの、的確に描写してゆくマッケラス。そこに、手腕の確かさや、彼の音楽センスの良さが感じられます。

マッケラスの魅力が満載の、なんとも素敵な演奏であります。