アシュケナージによるショパンの≪練習曲集≫全24曲を聴いて

アシュケナージによるショパンの≪練習曲集≫全24曲(1971,72年録音)を聴いてみました。

「完璧な演奏」などというものは存在し得ない、というとこを承知したうえで、もし、ショパンの≪練習曲集≫に完璧な演奏と呼べるものがあるとするならば、この演奏は、ポリーニが1972年にDGに録音した演奏とともに、双璧をなすものであるように思えます。それは、練習曲という音楽作品が求めているテクニックの切れと、その裏側に潜んでいる情感の表出とを、理想的な形で両立させている、という意味において。
(もっとも、私個人とすれば、ポリーニによる≪練習曲集≫のほうを、ほんの僅か上位に置いています。それは、演奏が宿している「狂気」や「強靭さ」の度合いの故に。そして、その先にある「衝撃度」の強さ故に。そう、アシュケナージのほうがまだ、常套的なショパン演奏であるように思えるのです。)

まずもって、テクニックが冴え渡っている。余裕をもって、指が鍵盤を駆け巡っている、そして、ピアノを掻き鳴らしている、といった風情があります。
もっとも、「掻き鳴らしている」を言いましても、力任せに弾いているようなことは微塵もありません。いわんや、粗暴に弾いているようには到底思われない。音楽を慈しみながら弾いている。ショパン特有の詩情を大切にしながら。そのうえで、音楽を存分に弾ませ、存分に息づかせながら、意のままにピアノを掻き鳴らしている。その結果として、音楽が存分に躍動していて、かつ、情感に富んだものとなっている。そんなふうに感じられるのであります。
そんなこんなによって、冴え冴えとしていて、瑞々しくて、抒情味の豊かな音楽が響き渡ることになっている。頗る繊細な音楽となってもいる。そして、清冽な演奏が繰り広げられることとなっている。しかも、極めてクリアな形で。濁りのない、透明感漂う響きを伴って。強い打鍵を要求されているナンバーでは、必要十分な力強さをもって音楽を奏で上げ、かつ、透徹した音たちを響かせてくれている。軽快な曲想によるナンバーでは、実に軽やかな音楽が響き渡っている。

見事なピアニズムによって彩られている、強い説得力を持った、惚れ惚れするほどに素晴らしい演奏であります。