ウェルザー=メスト&クリーヴランド管によるR・シュトラウスの≪イタリアから≫を聴いて
ウェルザー=メスト&クリーヴランド管によるR・シュトラウスの≪イタリアから≫(2019年ライヴ)を聴いてみました。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリー)に収蔵されている音盤での鑑賞になります。
この音盤は、クリーヴランド管の自主レーベルからの発売で、レーベル第1弾となった3枚組セットに収められているものになります。
1886年に書き上げられた4つの楽章から成るこの作品は、「交響的幻想曲」と名付けられています。
なお、R・シュトラウスが自らの作品に最初に「交響詩」と名付けたのは、1889年に書き上げた≪マクベス≫作品番号23になります。
なるほど、この≪イタリアより≫は間断された4つの楽章で構成されていますが、作品から漂ってくる雰囲気は、あたかも交響詩のよう。自由な形式で仕上げられている標題音楽となっています。
そして、R・シュトラウスならではの華麗なオーケストレーションが施されている中から、イタリアの陽光が燦々と差してくるのが、なんとも魅力的。最後の第4楽章では「フニクリ・フニクラ」のメロディが引用されており、大いなる親近感が湧いてきます。
(私の場合は、≪イタリアより≫を聴く際には、聴き慣れ親しんだ「フニクリ・フニクラ」のメロディが出てくることを待ち遠しく思ってしまいます。)
さて、ここでの演奏でありますが、W=メストらしい清潔感に溢れたものとなっています。キリっと引き締まっていて、凛とした佇まいをしている。
これは、W=メストによる多くの演奏に共通して言えることだと思うのですが、誇張した演奏ぶりは一切見当たりません。真摯な姿勢で、作品に向き合っている。そのうえで、作品が本来的に宿している生命力を適切に解放しようと努めている。そのような演奏が、ここでも繰り広げられています。
その結果として、この演奏で聴くことのできる音たちは、あるべきところに、あるべき性格や表情をして、響き渡っている。そんなふうに言いたくなります。
そのうえで、音楽はシッカリと躍動している。逞しい生命力を宿してもいる。そして、決して華美に過ぎるようなことはないのですが、R・シュトラウスならではの絢爛たる音楽世界が、必要十分に再現されている。光彩豊かでもある。それは、「底光りするような煌めき」とも言えそう。
更に言えば、「フニクリ・フニクラ」の旋律が出てくる最終楽章での演奏ぶりに顕著なのですが、躍動感にも不足はない。
W=メストは、現役の指揮者の中では、私が最も信頼を置いている指揮者の一人になります。そのW=メストの美質がクッキリと刻まれている、ここでの演奏。
≪イタリアから≫は、R・シュトラウスの作品の中では比較的マイナーな部類に入ろうかと思われますが、この作品の魅力をジックリと味わうことのできる演奏だということも併せて、多くの音楽愛好家に聴いてもらいたい音盤であります。