マッケラス&ロンドン・フィルによるR・シュトラウスの≪ティル≫と≪ドン・ファン≫を聴いて
マッケラス&ロンドン・フィルによるR・シュトラウスの≪ティル≫と≪ドン・ファン≫(1973年録音)を聴いてみました。
マッケラス(1925-2010)によるR・シュトラウスの交響詩、珍しいですよね。6年ほど前にレコード棚を見ていると目に入り、自分でも、「えっ、こんなレコードを持っていたんだ!?」と、ビックリしたものでした。そして、聴いてみると、これが素晴らしい演奏だったのでした。
調べてみますと、他には1995年にロイヤル・フィルと録音した≪ツァラ≫≪ティル≫≪ドン・ファン≫があるくらいのようです。
ところで、マッケラスは大好きな指揮者の一人。とにかく、センスが抜群。そして、誠実で真摯。どれを聴いても、その作品の魅力をタップリと味わうことができるため、絶大な信頼を寄せています。
奏でる音楽は、折り目の正しさが前面に出ていつつ、生き生きとした表情をしていて、覇気があって、逞しい生命力を宿している。しかも、しなやかで、伸びやかで、快活で、精彩に富んでいる。なおかつ、誇張がなく、音楽の息遣いが頗る自然である。清潔感を帯びている。そして、率直で、晴朗で、壮健な演奏を繰り広げてくれる。ときに鮮烈であったり、ときに可憐であったり、ときに筋肉質であったり、ときに恰幅が良かったりと、作品の性格や、その作品が生み出された時代性を考慮しながら、演奏における表情の幅がとても広くもある。
その演奏ぶりからは、音楽への献身的な接し方や、作品への忠誠心のようなものが窺え、そのような演奏態度に、心からの敬意を抱いております。
さて、この≪ティル≫と≪ドン・ファン≫、6年ぶりに聴き直してみたのですが、やはり、大いに魅了されました。上で述べたマッケラスの美点が遺憾なく発揮されているのです。
折り目が正しく、造形は整っており、そのうえ、生気が漲っていて、力感に富んでいる。決して派手でケバケバしい訳ではないのですが、オケからは色鮮やかでニュアンス豊かな響きを引き出してもいる。大袈裟にならない範囲でオケをしっかりと鳴らし、ツボを押さえた演奏が繰り広げられている。その音楽運びたるや、頗る自然で、伸びやかでもある。
そのような演奏ぶりによって、R・シュトラウスの美麗な音楽世界が、わざとらしさのない形で、見目麗しく描き上げられてゆく。
マッケラスは、注目度の比較的低い指揮者だと言えそうですが、そのレパートリーは広く、何を演奏してもハズレが殆ど無かった、高い音楽性を持っていた指揮者であると考えています。
ドヴォルザーク、ヤナーチェク、スメタナ、といったチェコ音楽に定評があったと思えますが、モーツァルトやシューベルトやブラームスといったドイツ音楽も、ラフマニノフなどのロシア音楽でも素晴らしい演奏を聞かせてくれていた。ブレンデルと数枚のモーツァルトのピアノ協奏曲を録音していたり、ヤナーチェクのオペラを数多く録音してくれていたりと、合わせ物やオペラでも、優れた手腕を発揮していた。更には、オーストラリア生まれでサーの称号を持っていたことが示すように、エルガーやディーリアスなどのイギリス音楽でも見事な演奏を披露してくれていた。
マッケラス、もっともっと多くの音楽愛好家に聴いてもらいたい指揮者であります。