山田和樹さん&バーミンガム市響の西宮公演を聴いて

今日は、兵庫県立芸術文化センターで、山田和樹さん&バーミンガム市響(CBSO)の演奏会を聴いてきました。演目は、下記の2曲。
●ブラームス ヴァイオリン協奏曲(独奏:樫本大進さん)
●エルガー 交響曲第1番

山田和樹さんの実演に接するのは初めて。加えて、バーミンガム市響の実演も初めてになります。
山田さんは、今年の4月に、同オーケストラの首席指揮者に就任。今回の来日は、その凱旋公演になります。昨日、熊本で最初のコンサートを開き、7/1までに8回のコンサートが組まれている。
2012年にはスイス・ロマンド管の首席客演指揮者に就任、モンテカルロ・フィルでは2014年から首席客演指揮者を務めて2016年には音楽監督に着任と、海外での活発な活動をしている山田さんも、いよいよメジャー・オーケストラのシェフを務めることに。なんとも喜ばしいことであります。
そのような山田さんと、イギリスのオーケストラとによるエルガーの交響曲。これは、楽しみでありました。しかも、前半では、樫本大進さんによるブラームスを聴くことができる。
はたして、どのような演奏に出会うことができるのだろうかと、ワクワクしながら会場に向かったものでした。

なお、演奏が始まる前、山田さんによる約10分間のプレトークが開かれました。その中で、今回、エルガーをプログラムに取り入れたことに触れておられました。日本では演奏される機会の少ないエルガーの交響曲ですが、やはり、イギリスのオーケストラのシェフに就いたということで、どうしてもエルガーを入れたかったから、とのこと。
また、エルガーの生地はバーミンガムから1時間ほどのところの丘陵地帯で、山田さんがそこを訪れての印象が語られました。訪れた日は、イギリス独特のどんよりとした天気だったそうですが、その丘陵からは360度の視界が広がり、その眺めは雄大で気高さが感じられたそうです。その様が、交響曲第1番の冒頭部分に反映されているようだ、とのこと。なるほど、どのような環境でエルガーが生まれ育ち、そこからの眺望がどのようなものであるのかが、目に浮かぶようでありました。
更には、本日の演奏会が終わるとすぐに東京へ移動し明日の横浜公演に臨まなくてはならないこと、樫本大進さんとは同い年で、同じ血液型(O型)で、ともに一人っ子などと、共通点が多いこと、CBSOの若手のヴァイオリン奏者にはPACオケ(兵庫芸術文化センター管)の卒団員が在籍いること(その奏者も、プレトークの場に呼んだ)など、幅広い話題に触れ、笑いも誘いながら、要領よく話しを展開されていました。そのトーク力はかなり高く、開演前から会場の空気を程よく温めてくれたプレトークでありました。

ホール前の花壇の様子

さて、演奏についてであります。前半も、後半も、素晴らしい演奏でした。
それでは、それぞれについて、詳しく述べていきたいと思います。まずは、前半のブラームスから。
樫本さんは、あまり「俺が、俺が」としゃしゃり出るタイプではないと思っています。自分は突出せずに、「和を以て貴しとなす」をモットーとするような、紳士的で、共演者とのバランスに気配りするタイプである、と。
そのうえで、音楽に向かい合う姿勢が誠に誠実。そのために、奇を衒わない、端正な音楽が響き渡ることとなる。
こういった印象は、昨年、樫本さんが主宰するル・ポン国際音楽祭での姫路公演で、3つの室内楽コンサートを聴いて生まれたもの。
しかしながら、さすがに協奏曲となると、かなりアグレッシブ。体当たり的に、作品とがっぷり四つを組んだ演奏を繰り広げてくれていました。そのことによって、ブラームスならではの熱気に包まれた音楽が鳴り響いていた。
それでいて、やはり、端正。そして、平衡感覚に優れたソロを展開してくれていた。音楽が熱気を帯びてきても、品格を失わずに清潔感を保っていて、音楽のフォルムが崩れないところは、いかにも樫本さんらしいと言えましょう。そこには、樫本さんならではの誠実さや、音楽に対する責任感のようなものも、滲み出ていたように思えた。背筋のピンと伸びた演奏ぶりだったとも言えそう。(実際に、樫本さんはしばしば、背筋をピンと伸ばしながらヴァイオリンを弾いてもいました。前かがみになることが多かったのですが、しばしば、背筋を伸ばしてもいた。)
しかも、音色が実に美しかった。高音の艶やかさなど、惚れ惚れするほど。また、弱音での息を飲むような美しさも、格別。緊張の糸がピンと張りつめたような音楽世界が、至る所で出現していた。それでいて、聴き手に過度な緊張を強いるようなことはない。清冽でいて、キリっとしていながらも、暖かみのある音楽が奏で上げられていた。
興味深かったのが、第1楽章での再現部に入ろうとしていた箇所。樫本さんは、かなり前のめりになっていたのでした。それは、音楽のフォルムが崩れない範囲で。しかしながら、山田さんは樫本さんの挑発に乗らずにマイペースを貫いていた。山田さんは、樫本さん以上に端正な音楽を志向する指揮者なのでありましょう。樫本さんが「ほらね」と言わんばかりに楽器を向けても、山田さんはマイペース。
ちなみに、山田さんによるバックアップは、充実感たっぷりで、瑞々しい中に風格のようなものが感じられました。細かなことに拘泥せずに、音楽をタップリと鳴らそう、という意志が感じられもした。しかも、自然な息遣いのもとで。そのような演奏ぶりがまた、ブラームスらしさをよく表してくれていました。そして、樫本さんを、がっちりとサポートしていた。それは、ソリストと競い合うような「競争曲」ではなく、協調しあう「協奏曲」としての演奏ぶりだったとも言えそう。
そのような山田さんの音楽づくりに対して、CBSOは、パワフルな演奏ぶりで応えてくれていました。特にトランペットが。この辺りは、イギリスのオーケストラの伝統なのでしょう。

なお、第3楽章が始まってすぐ、樫本さんにアクシデントがあり、演奏はいったん止まってしまいました。それは、次のようなもの。
樫本さんのヴァイオリンの胴体の後ろ側に装着されている肩当てが外れて床に落下。すぐに拾い上げて、焦った様子で装着し直した。しかも、ちょっと手こずりながら。短い休みの後で独奏ヴァイオリンが入る箇所にギリギリ間に合い、演奏し始めたのですが、装着が中途半端ですぐにまた外れてしまい、演奏不能となった、というアクシデント。このようなアクシデントに遭遇したのは、私は初めてであります。
演奏を止めて、肩当てをシッカリと装着させてから、楽章の頭から再度演奏されました。さすがに、最初のうちは、樫本さんは動揺していたようで、演奏への集中力がやや散漫になったように、そして、演奏が少し硬くなったように感じられました。しかしながら、すぐにまた、演奏に没頭していったのは、さすがでありました。このようなハプニングがあったからこそ、よけいに力こぶが入ったようにも感じられたものでした。
とても珍しいものを見せられました。
ソリストによるアンコールは無し。樫本さんの美音と、まろやかにして端正な音楽に、もう少し浸りたかったのですが、充実のブラームスを聞かせてくれたことに、感謝感謝であります。

さて、メインのエルガーについてであります。
CBSOは、この作品を弾き込んでいて、どこをどうすれば良いのかを熟知している。そんなふうに思えてなりませんでした。実に堂に入った音楽が鳴り響いていた。しかも、とても有機的に。
このオーケストラの響きは、パリッと明るくて、屈託がない。そして、良く鳴る。弦楽器群は、バリバリと弾いてゆく。その様が実に心地よい。
ちなみに、弦楽器のプルト数は、前半のブラームスの協奏曲では7-6-5-4-3、メインのエルガーの交響曲は、それに1プルトずつが追加、となっていました。大きな大きな編成を採りながら、真っ向勝負を挑んできた、といった感じであります。
そして、金管は、とてもパワフル。それでいて、うるさ過ぎない(前半のブラームスでのトランペットは、ちょっとうるさいな、と感じられたのですが)。煌びやかで、豊麗な音を響かせてくれていた。豊穣と言っても良いでしょう。
しかも、エルガーならではの、大らかでいて、気品に溢れた曲調で彩られる箇所では、芳醇な響きがする。馥郁たる薫りが漂ってもくる。
この作品で、そのような空気感を出すためには、どのようにすれば良いのかということも、団員が熟知しているのだろうことが、ヒシヒシと伝わってくる。「オラが音楽を演っている」という、強みや誇りや悦びに包まれていた演奏ぶりだったとも言えそう。
そのようなCBSOを相手に、山田さんがまた、屈託のない音楽づくりを示してくれていました。それは、CBSOを信頼しきって、オーケストラの上にどっしりと乗っかり、音楽を束ねてゆく、といったふう。しかも、ブラームスの協奏曲と比べると、随分とアグレッシブであったようにも思えたものでした。そう、とても鮮烈な音楽になっていた。起伏の大きな音楽づくりであり、ドラマティックでもあった。しかも、端正で、目鼻立ちがクッキリとしていた。作品のツボをしっかりと押さえながら、息遣いの豊かな音楽を奏で上げてくれていた。しかも、しなやかに、かつ、瑞々しく。そして、気高く、雄大に。
山田さんの音楽性の豊かさが如実に現れていた、更には、CBSOとの良好な関係が示されていた演奏だったと言えましょう。

終演後には、会場は沸きに沸きました。
この公演が終わるとすぐに東京へ移動しなくてはなりません。そのために、すぐさまアンコールが1曲(ウォルトンによる、映画≪スピットファイア≫より)が演奏されると、楽団員はすぐに舞台裏に引き上げていったのですが、聴衆からの拍手は鳴り止まない。最後に、山田さんがコンマスと共にステージに再登場し、聴衆はやっと満足して席を立ち始めた、という一コマも繰り広げられました。しかも、会場の外でも、多くの聴衆が待ち構えていて、メンバーが貸切バスに乗り込むまで拍手を送っていたという熱狂ぶり。
そのような反応も納得の、素晴らしい公演でありました。