パレー&デトロイト響によるベートーヴェンの≪田園≫を聴いて

パレー&デトロイト響によるベートーヴェンの≪田園≫(1954年録音)を聴いてみました。

この演奏を初めて聴いたのは、今から13年前、平成21年(2009年)3月28日。それは、レコード屋の試聴コーナーでのことでした。
ポール・パレー(1886/5/24 ~ 1979/10/10)と言えば、フランス生まれの指揮者で、フランス音楽のスペシャリスト。それが、この≪田園≫を聴くまでに抱いていたイメージでありました。そんなパレーが指揮したベートーヴェンのCDが、今、目の前にある。このような録音があることを知らなかったこともあって、大いなる違和感を覚えたものでした。それとともに、興味を惹かれました。但し、ほとんど期待を寄せておりませんでした。むしろ、怖いもの見たさのような心情が湧いていたものでした。
そのような中で、試聴を始めたのですが。。。
第1楽章を試聴し終わった時点で、躊躇せずに、いや、大いなる喜びを胸に抱いて、そのCDをレジに連れて行ったのであります。そして、帰宅後に全楽章を聴き通し、大満足をしたものでした。
この≪田園≫によって、私はパレーに対する考えを大きく変えました。フランス音楽のスペシャリストだけではないのだ、というふうに。

パレーの演奏の特徴、それは明晰な音楽づくりにあると思っております。輪郭線がクッキリとしており、メリハリが効いている。音たちの間の、或いは個々のフレーズの間のコントラストが頗る明瞭。そして、何ともいえない爽快な雰囲気を醸し出してくれる。
その多くの演奏で、快刀乱麻を断つかのごとく、痛快極まりない演奏を聴くことができます。ある種、あっけらかんとしていると言えるかもしれませんが、気風(きっぷ)の良さが感じられる演奏スタイルが、パレーの大きな魅力となっていると思えるのであります。
それでいて、情趣深くもある。ザッハリッヒな演奏スタイルでありつつも、しっかりとした潤いが感じられもする。硬質な音楽づくりでありながら、しなやかさを備えてもいる。
更に言えば、「お国もの」のフランス音楽での演奏においては、間違いなく明快な演奏ぶりであるにも拘らず、そこに何故かしら「フランスの薫り」がプラスされているように聞こえる。充分に小粋で、瀟洒なのであります。ついつい「何故かしら」と書いてしましたが、あんなにも明快でスッキリとした気風の良い演奏スタイルを採っていながらも「フランスの薫り」が漂ってくることが、不思議でなりません。

さて、そのようなパレーによる≪田園≫。試聴コーナーで、第1楽章のみを聴いただけで私を虜にした、ここでの演奏。この≪田園≫を、私はどのように聴いたかについてであります。
快速に、そして、颯爽と走り抜けてゆく演奏となっています。そのことは、全楽章において共通しているのですが、とりわけ、第1楽章は録音史上最速なのではないかと思えるほどに速い。少なくとも、体感速度では、これ以上の速さを感じさせられる演奏を、私は知りません。
更に言えば、全体を通じて非常に歯切れがよい。とても滑舌の良い演奏となっている。何もかもが克明な演奏。輪郭線が頗る明瞭でもある。
しかしながら、決してそっけない演奏となっている訳ではありません。喜びと幸福感に満ちた音楽が鳴り響いている。しかも、詩情に溢れた演奏になっている。それはもう、神業だと思えるほどに。
確かにザッハリッヒな演奏スタイルが貫かれている演奏だと言えましょう。そのうえで、情緒的とも一味違う、独特な味付けが感じられる。何と表現すれば良いのでしょうか、音符たち自身に「物事を語らせる」と言えば良いのでしょうか。そのような演奏が繰り広げられている。とは申せ、たった今、情緒的とは一味違うと書きましたが、パリッとして潔い音符たちの裏には、やはり情緒的としか言い表せないような味わいが潜んでいる。そんなふうに言える演奏だと思えます。

この演奏、一部の音楽愛好家の中では「隠れた名盤」的な存在として、時おり話題に上ることがありますが、それでも、一般的な認知度はさほど高くはないと言えましょう。それだけに、より多くの音楽愛好家に聴いてもらいたい、驚愕ものの素晴らしさを持っている演奏だと思います。
こんな≪田園≫、そうそう聴くことはできませんよ。強くお薦めします。
なお、モノラル録音ではありますが、音は頗る鮮明。鑑賞には全く支障のない音質であると言えましょう。

ちなみに、パレーによる音盤では、ベートーヴェンのみならず、ハイドンやメンデルスゾーンやシューマンといったドイツの作曲家による作品などでも、素晴らしい演奏が刻まれています。スッペの序曲集などは、絶品だと言えましょう。
また、ドヴォルザーク、シベリウス、ラフマニノフなどでも、とても魅力的な演奏を聴くことができる。
やはり、パレーはフランス音楽のスペシャリストとだけ呼ぶような指揮者ではない。そんなふうに思います。