ベロフによるドビュッシーの≪前奏曲集≫第1巻を聴いて
ベロフによるドビュッシーの前奏曲集から第1巻全12曲(1970年録音)を聴いてみました。
これは、ベロフ(1950-)が20歳のときに録音したもの。
ベロフは、1980年代半ばに右手を故障して第一線から退いていた時期がありましたが、1990年代には再び両手で演奏できる状態に回復し、1994年に同曲を再録音しています。
そんなベロフによる演奏の特徴はと言いますと、切れ味が鋭くて、明晰な演奏ぶりをベースにしながら、知的かつ色彩鮮やかに音楽を紡ぎ上げてゆくところにあるように思えます。
さて、ここでの旧盤を聴いて感じ取れたことについてであります。
硬質で強靭なタッチによって、クッキリとした音像によって描き出されてゆく演奏となっています。そのうえで、ベロフらしい、切れ味が鋭くて、明晰な演奏が繰り広げられてゆく。クールでいて、色彩的でもある。
そして、必要に応じて、充分過ぎるほどに激情的でもある。第5曲目の「アナカプリの丘」や第7曲目の「西風のみたもの」などは、その好例だと言えましょう。その間に挟まれた第6曲目の「雪の上の歩み」は、とても瞑想的な演奏ぶりとなっていて、そのコントラストが実に鮮やか。
更には、第8曲目の「亜麻色の髪の乙女」は、抒情的な美しさを湛えたものとなっている。第10曲目の「沈める寺」では、壮麗な音楽世界が立ち昇ることとなっている。第11曲目の「パックの踊り」でのコミカルでリズミカルな動きなどは、実に生き生きとしたものとなっている。
そんなこんなのうえで、総じて、主情を排して客観的に音楽に切り込んでいっている演奏だと言えそう。であるが故に、音楽がベトつくようなことは殆どない。音楽全体が冴え冴えとしているのであります。
そして、冒頭に戻るのでありますが、タッチがクリアで、音の粒たちが実に鮮やかなものとなっている。響きの色合いの幅が、誠に広くもある。感情の振幅も大きい。それらによって、なんともカラフルな音楽となっている。
知的でありつつ、情感の豊かな演奏ぶり。その辺りのバランスが、実に見事であると言えましょう。
研ぎ澄まされた感性に裏付けされた演奏。人工的に編み出された美しさのようでいて、音楽の息遣いは頗る自然でもある。そのために、ス~っと心の中に溶け込んでくるような音楽となっている。
聴き応えの十分な、なんとも素敵な演奏であります。