祇園祭の山鉾巡行と、大友直人さん&京響による演奏会
今日は、14:30開演の大友直人さん&京響の演奏会へ。演目は下記の通りでありました。
●シベリウス 交響曲第6番
●ヴォーン=ウィリアムズ 交響曲第2番≪ロンドン≫
大友さんを聴くのは、昨年の「京都の秋 音楽祭」での、京響を指揮して≪オルガン付き≫他のオール・サン=サーンスによる演奏会を聴いていて以来のこと。これが2回目の実演になります。
そのサン=サーンスは、実に素晴らしい演奏でありました。清冽で、折り目の正しい演奏ぶりをベースにしながら、≪オルガン付き≫という作品が持っているドラマ性のようなものが過不足なく表されていて、適度に熱気を孕んでいて、律動感も充分であった。それだけに、今日はどのような演奏に触れることができるのであろうかと、期待して会場へ向かったものでした。
しかも、今年はヴォーン=ウィリアムズ(RVW)の生誕150年だということに依るのでしょう、演奏機会の少ないRVWの交響曲がプログラミングされていて、演目としても楽しみな内容になっています。
さて、本日は、演奏会場に向かう前にもう一つ、意義深い催しを。それは、祇園祭の山鉾巡行の鑑賞。
2020年の2月に京都へ引っ越してきた私。四季折々の京都の風情を味わうとともに、祇園祭ほかの、様々な行事にも触れることを楽しみにしていたのですが、その年も翌年も、祇園祭は中止(または、規模を大きく縮小しての開催)となり、山鉾巡行を観る機会に恵まれませんでした。3年目にして、漸く実現した山鉾巡行の見物。山鉾が曳かれてゆくところを、目の前で観てきました。
迫力満点でした。お囃子が、気分を大いに盛り上げてくれました。懸装品が実に鮮やかで、なんともの見事でありました。
肌で感じることのできた山鉾巡行。観ることができて良かった。つくづく、そのように思えたものでした。
それでは、本日の大友さん&京響による演奏について。
大友さんによる演奏の美質、それは、折り目の正しさと清潔感にあるように思うのですが、前半のシベリウスは、そのような性格がクッキリと現れていた素敵な演奏でありました。
しかも、大袈裟にならない範囲でシッカリとした起伏が取られていて、充分なる生命力が感じられた。手堅く纏められていて、落ち着きを持っていながら、音楽はシッカリと躍動していた。そして、音楽全体の流れや息遣いやが、頗る自然であった。そんなこんなによって、作品の魅力を等身大に示してくれていた。
このような演奏、大好きであります。
後半のRVWは、前半で聞かせてくれた演奏ぶりに加えて、適度なスケールの大きさや、描写の鮮やかさも表してくれるのではなかろうか。ちょうど、昨年の≪オルガン付き≫がそうであったように。
シベリウスの演奏を聴いて、RVWへの期待が更に高まったものでした。
そのRVWでありますが、期待通りの素晴らしい演奏でした。その満足度は、前半のシベリウス以上。
清浄で、爽快な演奏ぶり。そのうえで、描写の細やかで、目鼻立ちがクッキリとしている。整然としていつつ、適度に逞しくて、シッカリとした劇性を含んでいて、立体的な音楽が鳴り響いていた。
音楽性に溢れていた好演。そんなふうに言えましょう。
京響は、響きに暖かみがあって、どちらかと言えば「元気の良さ」のようなものが感じられるオーケストラだと思っているのですが、大友さんが指揮をすると、そのような京響の体質に、透明感やふくよかさが加えられてゆく。そして、芳醇な響きを聴くことができる。
大友さんと京響、素敵なコンビであると思います。