山田和樹さん&バーミンガム市響による西宮公演(河村尚子さんをソリストに迎えてのオール・ロシア物プロ)を聴いて

今日は、兵庫県立芸術文化センターで山田和樹さん&バーミンガム市響(CBSO)による演奏会を聴いてきました。演目は、下記の3曲。
●ショスタコーヴィチ ≪祝典序曲≫
●ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番(独奏:河村尚子さん)
●チャイコフスキー 交響曲第5番

今月、ベルリン・フィルに初登壇して話題を呼んだ山田和樹さん。その山田さんが、2023年以来シェフを務めているCBSOとの来日公演になります。
このコンビによる来日は、一昨年に次いで今回が2度目。今回は8つの演奏会が企画されているようですが、本日は、昨日の愛知に続いて2つ目の公演になります。
一昨年の来日でも、西宮公演を聴いています。そこでは、樫本大進さんをソリストに迎えてのブラームスのヴァイオリン協奏曲と、エルガーの交響曲第1番が演奏されました。
その演奏ぶりはと言いますと、屈託がなくて、真摯なものだった。しかも、CBSOに全幅の信頼を寄せている、といった感じだった。特に、エルガーにおいて。
端正で、目鼻立ちがクッキリとしていた演奏を繰り広げてくれたものでした。作品のツボをしっかりと押さえながら、息遣いの豊かな音楽を奏で上げてくれていた。しかも、しなやかに、かつ、瑞々しく。そして、気高く、雄大に。
そのような山田さんの音楽づくりに対して、CBSOが、煌びやかで豊麗な音を響かせながら応えてくれていたのが印象的でもありました。豊穣な響きだったとも言えそう。しかも、トランペットを中心に、金管がとてもパワフルでもあった。
本日は、そんな山田さん&CBSOによるロシア物プログラム。はたして、どのような演奏に巡り会うことができるのか、とても楽しみでありました。更には、4月以降、大野和士さん&都響による大阪公演、小林研一郎さん&関西フィルと、3ヶ月続けてチャイコフスキーの5番の実演に接することになるというのも、なかなか興味深いものでありました。
また、ラフマニノフを弾く河村尚子さんも、真摯にして端正で、なおかつ、繊細にしてダイナミックな音楽づくりによって、聴き応え十分なものになるであろうと予測でき、楽しみでなりませんでした。

なお、開演20分ほど前からの約10分間、山田さんによるプレトークが行われました。そこで、本日のプログラムの流れが紹介され、前プロの≪祝典序曲≫でのバンダには地元の甲子園学院の吹奏楽部に所属する金管奏者が参加することや、河村尚子さんは「ソウルメイト」と呼べるほどに共感し合える音楽家であることなどが語られました。
また、この兵庫県立芸術文化センターを本拠地に置くPACオケの出身者が2人に増えており(一昨年の時点では1人だった)、その2人を舞台上に呼び、自己紹介をしてもらいながら幾つかの質問を交えながらトークを繰り広げるという、微笑ましい展開を見せて、開演前の会場の空気を温めていました。
そんなこんなによる、山田さんの話術の確かさを痛感させもした、アットホームなプレトーク。山田さんの人柄が滲み出ていたなぁ、とも思えたものでした。

それでは、本日の演奏会をどのように聴いたのかについて書いてゆくことに致しましょう。

前半の2曲から触れることにしますが、それはもう、なんとも素晴らしい演奏でありました。前半だけでも、聴きに来た甲斐があったと感じさせられた。
まずもって、前プロの≪祝典序曲≫が圧倒的な素晴らしさでした。この作品が備えている祝典的な華やかさ、更に言えば、賑やかさが、見事に表されていました。音楽が嬉々として弾んでいて、活力に溢れていた。
しかも、CBSOのパワフルさは、痛快でありました。音の洪水を楽しんだ、といったところ。とは言いましても、決して騒々しくはなかった。腰の据わった音が鳴り響いていて、全く空虚な感じがしなかった。第2主題を奏でるチェロなどは、実に朗々と歌っていた。また、弦楽器群全体が、唸りを上げながら突き進んでゆく様は、爽快だった。第1主題を奏でたクラリネットは、ちょっとけたたましい、といった感じではありましたが、勢いがあり、この作品の本格的な幕開け、更に言えば、このコンサートの幕開けに、実に相応しいものでありました。
もっと言えば、この演奏そのものが、コンサートの幕開けに実に相応しいものでありました。

一方のラフマニノフもまた、素晴らしかった。河村さんは、情念的でありつつも、過剰にドロドロとしたものにならずに、凛とした音楽を奏で上げてくれていた。それは、冒頭の和音を掻き鳴らす箇所から明瞭だった。この部分で既に、勝負あったといった感じ。
そして、これまでの河村さんの演奏から受けていた印象そのもので、真摯にして端正で、なおかつ、繊細にしてダイナミックな演奏が繰り広げられていた。感受性豊かでもあった。
更には、緩徐楽章での繊細にして、楚々としたロマンティシズムを漂わせた演奏ぶりは、心に沁みるものでありました。
そのような河村さんをバックアップする山田さんがまた、実に雄弁な音楽を奏で上げていた。この作品は、ピアノがオブリガート的な動きをしばしば行い、オーケストラに主役が回ってくる箇所が非常に多いこともあって、その雄弁さが際立っていたと言えそう。
しかも、息遣いが自然であり、かつ、豊かでもあった。そのようなこともあって、河村さんも、山田さんが築き上げてゆく音楽世界の中で、安心して自らの音楽を奏で上げてゆくことができていたように思えてなりませんでした。
河村さんと山田さん、お互いが寄り添いながらも、がっぷり四つに組んだ熱演であり、かつ、明快でありつつも表情豊かな演奏だった。そんなふうに言いたい。
いやはや、聴き応え十分な、見事な演奏でありました。

ソリストアンコールは、R=コルサコフによる≪熊蜂の飛行≫。
この曲芸のような音楽を、決して軽々しく聞かせない演奏だったと言えそう。なるほど、十分に軽快ではあったのですが、軽薄な音楽にはなっていなかった。そのうえで、河村さんのヴィルトゥオジティの高さがシッカリと確認できる演奏が繰り広げられていた。そして、最後には、ウィットを含ませていた。
流石だと言えましょう。

さて、ここからはメインのチャイコフスキーについてでありますが、前半の2曲での演奏以上に、深い感銘を受けました。4月以降に実演で接した3つのチャイコフスキーの5番の中で、最も共感できた、そして、この作品の素晴らしさを最も深く味わうことのできた演奏だったと言いたい。
まずもって、CBSOが舌を巻くほどに巧かった。合奏は実に緻密でありました。そして、頗るパワフルでもあった。
第3楽章の中間部などは、水も漏らさぬアンサンブルだったと言いたい。あの目まぐるしく跳びはねてゆく曲想を精密に奏で上げていって、溜息が出そうになった。
なお、その直後、オーボエによってワルツが奏で上げられる直前に弦楽器群がピチカートを奏でる箇所(142小節目)で、山田さんが軽く跳び上がって、音楽が軽妙に跳ねたところも、実に印象的でありました。
また、いくらパワフルに鳴り響いても、耳障りになったり、音楽が下品になったり、といったようなことは皆無でありました。ヒステリックになったり、オケが悲鳴を上げたり、といったことも全くなかった。ときにバリバリと奏でてゆくのですが、表面的に鳴り響くようなこともなかった。美観を保ちながら、余裕を持って鳴り響いていたのであります。こういったところにオケの実力が現れるのだな、ということを痛感した次第であります。
「オケを楽しむ」という観点で言えば、申し分のない演奏だったと言えるのではないでしょうか。
そんなCBSOを思いのままにドライブしながら、屈託のない演奏を繰り広げていった山田さん。
と言いつつも、随所で個性的な表現を聞かせてくれていました。決して当たり障りのない演奏内容ではなかった。むしろ、表現意欲の旺盛な演奏だったと言えそう。
称賛すべきは、そのような演奏ぶりが、独りよがりなものに感じられなかった点でありましょう。音楽が随所で収縮を繰り返してゆくのですが、その息遣いは実に自然なもので、作品が望んでいるものだったと言いたい。ときにセンツァ・エスプレッシーヴォで奏で上げてゆく(第2楽章の112小節目のアウフタクトからの旋律などで顕著でした。なお、その直前の、テンポ・プリモと記された108小節目からの弦楽器群によるピチカートは、躊躇いの表情を伴ったやるせなさに満ちていて、印象的でありました)のですが、そのことによって、実に表情豊かな音楽が鳴り響くこととなっていた。ときに、聞こえるか聞こえないか、といった極限なまでに声を潜ませる(このことは、ラフマニノフの第2楽章の冒頭でも見せていた)のですが、その結果として、音楽が雄弁に語りかけてくる、といったものになってもいた。
しかも、音楽が随所でうねっていた。チャイコフスキーによる音楽は、表情豊かであり、かつ、うねりながら驀進してゆく、といった様相を呈することが多いため、こういった音楽づくりは的を射たものだと言いたい。
そんなこんなのうえで、最終楽章の中間部や、コーダなどでは、まくし立てるようにして音楽が驀進してゆく。展開部に入ってしばらく経った箇所でのクラリネットによる特徴的なパッセージ(236小節目)などは、≪祝典序曲≫での主部での演奏と同様に、凄まじい勢いで奏で上げられていた。
そういった音楽づくりの端々に、山田さんの確固たる自信が滲み出ていた。自在感に富んでいたのですが、CBSOへの信頼の強さ故だったとも思えた。鳴り響いている音楽が、指揮者の思いと乖離するようなことがこれっぽっちも無かったとも言いたい。山田さんとCBSOの蜜月ぶりを見たように思われた。
そんなこんなによって、惚れ惚れするほどに素晴らしいチャイコフスキーの5番が実現したのであります。そこで鳴り響いていた音楽は、指揮者の個性がシッカリと刻まれていつつも、ケレン味のないものだったとも言いたい。それは、山田さんの音楽性の豊かさ故のことでもあるのでしょう。
稀に見る快演でありました。終演後の聴衆からの喝采の凄まじさは、そのことを如実に表していたと言えましょう。

アンコールは≪威風堂々≫第1番。
プレトークで、「本日の演奏会で最も編成の大きな作品はアンコールです」、と種明かしをしていました。オール・ロシア物のプログラムになっていましたので、アンコールもロシア物なのかな。であれは、≪ガイーヌ≫の「レズギンカ」だとか、同じくハチャトゥリアンの≪仮面舞踏会≫の第1曲目の「ワルツ」辺りかな、などと予想していたのですが、エルガーを持ってくるとは。この辺りにも、CBSOへの敬意が感じられます。
その演奏はと言いますと、小気味良くて溌剌としていつつも、威風堂々としていた。それはまさに、山田さんの美質と、イギリスのオケとしてのCBSOの体質が幸せな形で融合されたものだったと言えるのではないでしょうか。
途中で山田さんは、聴衆に手拍子を求めて、会場が一体になっての音楽が鳴り響くこととなりました。そのようなこともあって、誠に心地よい気分で締めることできたと言いたい。
なお、オケのメンバーが舞台から退いても(木管奏者は、舞台上で楽器を片付けていましたが)、拍手は鳴り止まず。山田さんが再度登場して、ようやく拍手は鳴り止みました。この日の聴衆の熱狂ぶりが集約されていたと言えましょう。