グールドによるバッハの≪ゴールドベルク変奏曲≫の再録音盤(1981年録音)を聴いて

グールドによるバッハの≪ゴールドベルク変奏曲≫の再録音盤(1981年録音)を聴いてみました。
グールドが1982年に50歳で急逝することとなった前年の、あまりにも早すぎた晩年の録音になります。

刺激的な旧盤と比べると、この新盤は穏当な音楽づくりによるものだと言えましょう。それは、冒頭のアリアのテンポに象徴的に現れているように思えます。快速に颯爽と弾きこなしてゆく旧盤に比べると、新盤では半分くらいのテンポでゆったりと、そして切々と語ってゆくグールド。
と言いつつも、これはあくまでもグールドの新旧盤を比較しての話しであります。そもそも、グールドの演奏に「穏当」という言葉は似つかわしくないでしょう。そう、他の演奏と比べると、十分すぎるほどに刺激的な演奏となっているのであります。
まずもって、音の粒がとてもクリア。音と音のコントラスト、或いはフレーズ間のコントラストが頗る明瞭でもある。緩急の幅も、非常に大きい。であるが故に、とても起伏の大きな演奏となっている。
そして何よりも、頗るロマンティックな演奏となっている。審美的であると言っても良いでしょう。そのような性格は、旧盤と比べると更に増しているように思います。
更に言えば、極めてドラマティックであり、ドラスティックな演奏となっています。とても劇的でありつつも、夢想的であったり、毅然としていたり、壮麗であったりする。時には訥々と音楽が奏で上げられてゆき、時には疾風の如く駆け抜けてゆく。時には塞ぎ込むかのように懊悩の表情を浮かべたり、哀愁を含んだ色合いを示したりもする。極めて思索的であったりもする。かように、なんとも多様な表情を見せてくれる音楽が鳴り響くこととなっているのであります。
なるほど、ここでも、グールド特有のデフォルメされた音楽表現を随所で聞くこととなります。しかしながら、そのデフォルメが、必然であるかのように感じられるのが、これまたグールドにしか為し得ない「離れ業」だと言えるのではないでしょうか。このような演奏家は、他にはフルトヴェングラーしかいない。私は、そのように考えています。デフォルメされた演奏のその先に、音楽が持っている確固とした息吹や、生きた構成感が生まれ出てくる。これはもう、神業だと言えましょう。
そして、聴き手の心の深層部分に訴えかけてくる演奏となっている。

いやはや、なんとも素晴らしい演奏であります。
そして、演奏行為の深淵を覗き見るような演奏だとも言いたくなります。