びわ湖ホールで≪パルジファル≫を観てきました

2022年3月9日

本日は、びわ湖ホールで≪パルジファル≫を観てきました。
≪パルジファル≫を実演で観るのは、新国立劇場の2014-15年シーズンのオープニング公演に接して以来、およそ7年半ぶりで、わが人生で2回目のこと。
その新国立劇場での上演は、飯守泰次郎さんが音楽監督に就任した記念公演のような性格を持っていました。タイトルロールにはクリスティアン・フランツが、グルネマンツにはジョン・トムリンソンが配役されていて、要所をワールドクラスのワーグナー歌いが固めていた、意欲的な公演でありました。
ちなみに、今回のびわ湖ホールでの上演は、2回の公演が組まれていたのですが、タイトルロールには、当初、クリスティアン・フランツ(3/3公演)と福井敬さん(3/6公演)がダブルキャストで配されていました。しかしながら、新型コロナウイルス感染対策による入国制限措置等の事情により、フランツが(そして、クリングゾルに配役されていたユルゲン・リンも)来日不能となり、2回とも福井さんが歌うことになったのでありました。

びわ湖ホールでのオペラの自主公演は、とてもレベルが高いとの評判を得ていますよね。そのような中、私がこれまでに「びわ湖オペラ」に接したのは、今年の1月に上演された沼尻竜典さん作による≪竹取物語≫のみ。それは、作曲者の沼尻さん自らが指揮した公演でありました。本日が2本目の「びわ湖オペラ」観劇になります。

さて、それでは、本日の公演に接して受けた印象を綴っていくことに致しましょう。

沼尻さんによる演奏の特徴、それは、明るくて晴れやかで、色彩的な鮮やかさがあって、華やかでもあって、開放感を持っている点にあるように思います。その演奏からは、人懐っこさのようなものが感じられもする。ただ単に力で押し切ってしまうというのとはちょっと違うのですが、ある種の豪快さがあり、それだけに明快な演奏が繰り広げられることになる。私は、そんなふうに捉えています。
そのような印象を持っている沼尻さんが束ねてゆく、本日の≪パルジファル≫。きっと、明るい演奏になるのだろう、場合によっては開放的な雰囲気に包まれた≪パルジファル≫になるのではないだろうか、そんなふうに予測しながら会場に向かったものでした。
それでは実際には、どうだったのでしょうか。
なるほど、確かに明るい演奏になっていました。総じて、明快な演奏となっていた。しかしながら、決して開放的な演奏にはなっていなかったように思えます。≪パルジファル≫に必要な、厳かな雰囲気を十分に持っていた。そのうえで、あまり粘らずに、流麗な音楽となっていた。しかも、シッカリとした「うねり」も持っていた。
更に言えば、京都市交響楽団の体質でもあるのでしょう、艶やかな色彩感に満ちたものとなっていた。響きには、艶やかさが感じられた。そのことがまた、「明るい演奏」という印象を強めていたように思えたものでした。
快調な演奏。演奏を聴いている間に、私の頭の中に再三よぎったのが、その言葉でありました。淀みがなく滑らかに、そして、確信を持って音楽が進んでいた。あまり毒気は感じられないが、シッカリとした劇性を備えている演奏となっていた。そのうえで、目鼻立ちがクッキリとしていた。そう、十分にドラマティックであり、かつ、明快でもあった演奏。なかなかに魅力的なワーグナー演奏であったと思います。
しかしながら、第3幕に、少なからざる疑問を感じたのでありました。第2幕までは、適度にドラマティックで、流麗さを基調とした「快調」な心地よさが感じていたのが、逆に、そのことがマイナスの要素として働いてように思えたのでした。と言いますのも。
第3幕は、動きの少ない音楽であると言えましょう。そう、ドラマティックな展開があまりない。その代わりに、荘厳な雰囲気が支配的である。そのような音楽に対して、沼尻さんによるアプローチは、音楽を楽譜の上から撫でているだけのように感じられたのでありました。なんと言いましょうか、表面的な音楽となっている場面が多かった。その演奏からは、シッカリとした芯が通っていない、脆弱さのようなものが感じられもした(実を言いますと、このことは、第1幕でのグルネマンツによる長い長いモノローグの箇所からも感じられたのですが)。第3幕の多くの場面で、まどろっこしさのようなものや、冗長さが感じられて仕方がなかった。このことは、「舞台神聖祝典劇」と名付けられたこのオペラを演奏するにあたっての、一筋縄ではいかないところだと言えるのではないでしょうか。

聖槍でアンフォルタスの傷を癒すパルジファル

歌手陣も、魅力的な歌唱が多かった。
まずもって、福井さんによるパルジファルが素晴らしかった。輝かしさは充分。そのうえで、穢れのない純真さを兼ね備えた歌となっていました。そう、ヒロイックでありつつも、リリカルな歌唱が、全編を通じて披露されていたのでした。そして、沼尻さんの指揮と同様に、快調で、的確なパルジファルとなっていた。そんなふうに言えるように思います。
クンドリの田崎さんは、妖艶な雰囲気に不足がない。しかも、悲哀や、狂気も充分。素晴らしいクンドリであったと思います。
バス歌手の配役が多いオペラですが、その中でもとりわけ重要度が高いと言えそうなグルネマンツ役の斉木さんは、深みのある歌いぶりを披露してくれていました。しかしながら、ときに単調になる(それは、第1幕でのモノローグや、第3幕での歌に現れていた)のが、ちょっぴり残念。その一方で、アルフォルタス王に扮している青山さんは、若々しくて朗々たる歌を披露してくれていて、なかなかに素敵でありました。第2幕にのみ出番のあるクリングゾルに扮していた友清さんは、豊かな声量によって、貫禄たっぷりな歌を披露してくれていた。ティトレル役の妻屋さんは、ちょっと平板な感じ(このことは、妻屋さんの歌に、しばしば感じてしまいます)。

縷々書いてきました。全てにおいて大満足という訳にはいかない公演ではありましたが、やはり、「びわ湖オペラ」ならではの高水準な≪パルジファル≫だったと言えるのではないだろうか。そんなふうに思えます。

それにしましても、長いオペラですよね。第1幕が終わっただけでも、1時間45分ほどを要してしまうオペラ。その時点で、プッチーニの≪トスカ≫であれば、単に演奏時間だけで言えば、全幕が終わってしまっているような長さ。
演奏時間という点では、≪パルジファル≫全幕に接する間に、おおむね≪トスカ≫と≪蝶々夫人≫の2作を観ることができてしまいますよね。