下野竜也さん&PACオケによるオール・ショスタコーヴィチ・プログラムの演奏会を聴いて

今日は、下野竜也さん&兵庫芸術文化センター管弦楽団(通称:PACオケ)の演奏会を聴いてきました。オール・ショスタコーヴィチ・プログラムで、演奏されたのは下記の2曲でありました。
●ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第2番(独奏:石井楓子さん)
●ショスタコーヴィチ ≪レニングラード≫

ピアノ独奏は、当初はプラメナ・マンゴーヴァというブルガリア出身の女流ピアニストが務めることになっていたのですが、ブルガリアは新型コロナの感染拡大が激しいために水際措置に係る待機措置指定国となって来日が叶わなくなったために、石井楓子(ふうこ)さんが務めることに。
プログラム冊子に掲載されている石井さんの経歴を見ますと、これまでにN響、読響、京響などとの共演を経験しているようですが、PACオケとの共演は初めてとのこと。また、プレトークでの下野さんの説明では、国内での演奏はあまり数多くこなしているようではないものの、将来を嘱望されている素晴らしいピアニストのようでして、きっと今後、広く名前の知れ渡るピアニストになるであろうし、今日のお客さんの中には「あのときのPACオケとの演奏会でショスタコーヴィチを弾いたピアニストだ」ということで思い出される方もいらっしゃるのでは、と紹介されていました。

兵庫県立芸術文化センターの建物前の様子

さて、それでは、本日の演奏を聴いて感じ取れたことを書いていきたいと思います。まずは、前半のピアノ協奏曲第2番について。
このピアノ協奏曲は、第1番ほどには演奏機会は多くないかもしれませんが、アイロニカルでユーモアがあって、ウィットが効いている、とてもチャーミングな曲であります。更に言えば、オシャレな音楽世界が広がってくる曲となっている。そのような作品を、石井さんは、明快なタッチによって克明に描き上げてくれていました。抒情的な雰囲気を湛えている第2楽章も、美しく奏で上げてくれていた。
音の粒が揃っていて、響きは硬質でありつつも、潤いを感じさせてもくれた。確かな技巧の持ち主で、この難曲を難なく弾きこなしていましたが、技巧の切れをひけらかすようなタイプではなかったところも、好感が持てた。打鍵が、決して強靭というほどもものではなかったことも、潤いや優しさのようなものを感じさせてくれることに繋がっていたと言えましょう。そのために、ところどころでオケの音にピアノが搔き消されていたのが少し残念ではありましたが、これは、ショスタコーヴィチの書き方にも問題があると言わざるを得ないように思えます。
そのような石井さんを、下野さんは率直かつ明快な音楽づくりで盛り立てていて、こちらもまた頗る好感の持てる演奏ぶりでありました。
そんなこんなによって、この作品の魅力をシッカリと味わうことができた。このような素敵な体験をもたらしてくれた演奏者たちに感謝であります。

前半が終わっての休憩中、後半の≪レニングラード≫に思いを馳せました。前半の下野さんの演奏ぶりからすると、折り目が正しくて、目鼻立ちのクッキリとした明快な演奏になるのだろうな、と。そしてきっと、ドラマティックでダイナミックな演奏になるのであろうな、と。
実際に≪レニングラード≫を聴いてみますと、予想通りの演奏でありました。と言いますか、予想していた特徴を最大目盛りのところで現実の演奏に仕上げてくれていたと言えそうな、素晴らしい演奏でありました。
その演奏はと言いますと、奇を衒ったところが全く感じられないもの。全体を通じて、折り目が正しくて、純音楽としての美しさが際立っていた。そのうえで、目鼻立ちがクッキリとしていて、明快な音楽となっていた。
ゆっくり目のテンポで、ジックリと奏で上げた演奏となっていました。プレトークで、下野さんが「90分くらい掛けての演奏」と言われていましたので、演奏時間を測ってみたのですが、およそ82分。
その演奏ぶりは、力を抜いて、余裕を持って音楽を響かせていた。そのために、実に滑らかで伸びやかな演奏となっていた。どこにも無理の感じられない音楽が、終始鳴り響いていた。それでいて、充分にダイナミック。第1楽章の真ん中あたりでの、ラヴェルの≪ボレロ≫を彷彿とさせる、スネアによる規則正しく刻まれるリズムに乗っかって特徴的な主題がクレッシェンドされながら何度も繰り返される場面では、不気味さと佇まいの美しさが両立しているような音楽となっていた。力んでいないのに、オケが存分に鳴っていた。それはもう壮絶なまでに。最後の場面もまた、同様。全くお祭り騒ぎになっていないのに、高らかな音楽となっていた。
その一方で、第2楽章でのアイロニカルな表情や、第3楽章での冷酷で峻厳な音楽世界の描き方も、誠に自然でツボを得たものとなっていた。
ここ最近の下野さんの演奏には、風格のようなものが出てきているように思えるのですが、この≪レニングラード≫は、そのことをまざまざと感じさせてくれるものだったと言えましょう。これからの演奏活動が、ますます楽しみであります。