尾高さん&大阪フィルによるオール・フランス物の演奏会を聴いて

昨日(6/10)は、尾高さん&大阪フィルによるオール・フランス物プログラムの演奏会を聴いてきました。曲目は、下記の通り。
●ベルリオーズ ≪ローマの謝肉祭≫
●プーランク オルガン協奏曲(独奏:大木麻理さん)
●デュリュフレ ≪レクイエム≫(MS:小泉詠子さん、Br:原田圭さん)

尾高さん&大フィルは、今季、フランス音楽シリーズとして3本の演奏会を企画していますが、この日はその1本目。プーランクのオルガン協奏曲と、デュリュフレの≪レクイエム≫は、演奏会で採り上げられる機会はなかなか無いため、貴重な実演体験になると、心弾ませながら会場へと向かったものでした。
その演奏はと言いますと、素晴らしいものでありました。特に、プーランクとデュリュフレが。

それでは、それぞれの演目について詳しく述べていきたいと思います。まずは≪ローマの謝肉祭≫から。
最初のほうは固さが感じられたのですが、主部に入ってしばらくすると、生き生きとした音楽が鳴り響きだしました。尾高さんの指揮には、それなりのドライブ感が感じられた。畳みかけるべきところは、シッカリと畳みかける。作品のツボを押さえながら、音楽は進められてゆく。
ただ、もう少し弾けていても良いのでは、思えるような演奏でありました。この作品の演奏としては、几帳面に過ぎたように思えたのであります。何と言いましょうか、予定調和のような演奏に聞こえた。そして、響きにも、もう少し明るさがあっても良いのでは、と思えたものでした。
続きましては、プーランクのオルガン協奏曲。
プーランクの作品について「敬虔な悪戯っ子」が生み出した音楽、といった趣旨の評を見かけますが(そのように評したのは、評論家のクロード・ロスタンのよう)、言い得て妙であると言えましょう。その音楽の大半は、軽妙でおどけた素振りを随所で見せながらも、信心深さに裏打ちされたような誠実さがある。お洒落な感覚に満ち溢れていつつも、単なる感覚的な遊びに終わらない真摯さがある。
そこへ行きますと、オルガン協奏曲は、プーランクの作品にしては珍しく、おどけた姿を見出すことはできません。激流の中に身を置きながら、ひらすらに敬虔な音楽が奏で上げられる作品となっている。
この日の演奏は、そのような、この作品ならではの敬虔な雰囲気にも満ちていたものとなっていました。しかも、大木さんによる独奏は、音の出をほんの僅かずつ早めに採りながら演奏を進めていたようで、そのことによって音楽に切迫感が備わることとなっていた。また、中間部などで見せてくれる慰めの表情にも、暖かさが感じられた。
そのような大木さんの演奏に対して、尾高さんの指揮は、音楽に激しさが備わっていた。そう、この作品に必要な激流を感じさせる音楽が鳴り響いていたのであります。
この作品の魅力を堪能することのできる、素晴らしい演奏であったと思います。
最後に、デュリュフレの≪レクイエム≫について。
清澄な音楽づくりをベースに、そこに温もりも感じさせてくれる演奏でありました。音楽の流れはしなやかで、息遣いが自然。そう、かしこまった音楽になるようなことはなく、率直に作品に向かい合っていた、と言えるような演奏でもあった。
更には、大フィルの響きから、透明感や柔らかさが感じられ、それがまた、なんとも魅力的でありました。
こちらもまた、作品の魅力をジックリと味わうことのできた、素晴らしい演奏であったと思います。

さて、この日の演奏会には、学生時代に所属していたオーケストラのメンバーのうちの2人が、東京から駆けつけていました。と言いますのも、わが大学オケのOBが結成しているオーケストラで、オルガン付きの作品を採り上げる際には必ずと言っていいほどに、大木さんがオルガンを務めてくれるという縁があってのこと。その2人の他にも、大学オケでの同期で、大阪に勤めているメンバーも1人合流して、楽しんだ演奏会。
終演後には、4人集まって、お酒を飲みながらの音楽談義。素敵な「二次会」付きの演奏会でありました。