ユーハン・ダーレネのヴァイオリン・リサイタルを聴いて

今日は、兵庫県立芸術文化センターへユーハン・ダーレネのヴァイオリン・リサイタルを聴きに行ってきました。演目は、下記の5曲。
●ベートーヴェン ヴァイオリンソナタ第5番≪春≫
●ラヴェル ヴァイオリンソナタ
   ~休憩~
●シンディング ≪古風な様式の組曲≫
●クララ・シューマン ≪3つのロマンス≫
●ワックスマン ≪カルメン幻想曲≫

ダーレネは、2000年にスウェーデンに生まれ、2019年のニールセン国際コンクールの覇者となった新星。2019年に新日本フィルの定期演奏会に出演してニールセンのヴァイオリン協奏曲を弾いているようですが、我が国でリサイタルを開くには今回が初めてとのこと。
ピアノは、当初、エリック・ルーというピアニストが弾くことになっていましたが、体調不良により出演ができなくなり、小井土文哉さんが代役を務めました。プログラム冊子に記載されているプロフィールによると、小井土さんは1995年の生まれで、2017年の浜松国際ピアノアカデミーコンクールで第1位を、2018年の日本音楽コンクールでも第1位を得ているようです。

ダーレネは名前も知らずにいました。そこで、なにか前もって聴いておこうと、一昨日、NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリー)を検索してみますと、シベリウスのヴァイオリン協奏曲のCDが収蔵されていましたので、そちらを聴いてみました。そこから受けた印象は、バリバリと弾くタイプではなく、抒情性を重視しながら柔らかみのある音楽を奏でていこうとするヴァイオリニストかな、といったもの。
それにしましても、本日のリサイタル、並んでいる曲目はヴァラエティに富んでいて、実に意欲的なプログラムになっています。ヴァイオリン作品の王道から、フランス物、北欧物、テクニック面での冴えを押し出しながら妖艶に奏でる作品、と。そのような中に、クララ・シューマンが組み込まれているのも、目を引きます。
これらの作品を通じて、ダーレネを多面的に知ることができるであろうと、胸をときめかせながら会場へと向かったものでした。

ホール前の花壇の様子

さてそれでは、リサイタルを聴いて感じたことについて、触れていこうと思います。まずは、前半の2曲から。
ベートーヴェンは、なんとも清冽な演奏でありました。それは、一昨日にNMLで聴いたシベリウスの協奏曲を彷彿とさせてくれるような演奏ぶり。また、なぜ≪春≫を選曲したのかが、よく理解もできました。ベートーヴェンのソナタの中では、ダーレネに適しているように思えたものであります。
面白かったのが、第1楽章の提示部をリピートした際に、2回目は声を潜めて玄妙な雰囲気を漂わせていた点。この演奏会の冒頭でもあった1回目は、元気よく溌剌と伸びやかに、といったところなのでしょう。
それでいて、全体的には、≪春≫に必要と思われる溌剌とした雰囲気や弾力性にやや欠けていた点が、ちょっと残念でした。すなわち、リピートした後の演奏ぶりが、ダーレネの真髄であった、とも思えたのであります。そのために、この曲の場合は、もっと無邪気であっても良かったのでは、と思えたものでした。全体的に、思慮分別のシッカリとした≪春≫といった感じ。とは申せ、清らかでありつつも、芯のシッカリとした秀演だったと思います。小井土さんによるピアノも、粒立ちがクッキリとしていて、それでいて清々しくて抒情性もあって、ダーレネに相応しいものだったと思えます。
一方のラヴェルでのダーレネは、ベートーヴェンと同様に清冽でありつつも、激情性が加えられた演奏となっていました。ある種の妖艶さが感じられもした。この辺りは、後半で曲目に繋がってゆくのではないだろうかと思わせるものでありました。

ホールの入口には、7月に企画されている佐渡さんプロデュースによる≪ドン・ジョヴァンニ≫の
宣伝の幟が、数多く掲げられていました

さて、後半の3曲でありますが、そこでは、ラヴェルでの演奏ぶりが支配的でありました。すなわち、適度に激情的で、妖艶さが感じられもした。それでいて、決して下品になったり、ヒステリックになったりせずに、清潔感が保たれている。音楽を煽っていても、過度にガムシャラになったり、忘我的になったりしない。そのような中で、クララ・シューマンでは、優美で柔和で抒情性の豊かな音楽世界を描き出してくれていたのが、印象的でありました。
興味深かったのが、前半の2曲は楽譜を見ながらの演奏だったのですが、後半の3曲は暗譜。十分に弾き込んでいて、完全に手の内に収めているのでしょう。
最も強く惹き込まれたのは、シンディングでの演奏でした。高度な技巧を必要とする難曲だと言えましょうが、テクニックは万全。音楽をかなり追い込みながら弾いていた。そのために峻厳な音楽となっていた。情念的でもあった。それでいて、古典的な佇まいも感じられ、ある種、バッハに通じるような音楽となっていた。最終楽章でのカデンツァなどは、鬼気迫るものとなっていました。しかも、楽器が思いっきり鳴っていて、誠に豊かな音楽になってもいた。
その一方で、≪カルメン幻想曲≫には不満が残りました。この作品は、オペラの中に現れる様々なメロディーの接続曲ということもあり、もともとが散漫な音楽だとも言えるのでしょうが、ビゼーの≪カルメン≫を知る者からすると、玉手箱から音楽が飛び出してくるようなワクワク感に包まれていて、誠に楽しい曲となっています。そのうえで、超絶技巧が散りばめられていて、曲芸的な性格を備えてもいる。そのような作品に対して、ダーレネの演奏ぶりは、ちょっと生真面目であったように思えたのであります。あまりワクワクしてこなかった。しかも、テクニック的にも、ちょっと不安定だったように思えた。このような作品を最後に持ってくれば、聴衆は大いに沸いて(実際に、今日も結構沸いていました)、華やかな雰囲気のもとに演奏会を閉じることができますが、ことのほかヴァイオリニストの「個性」を選ぶ曲なのだということを、強く認識させられました。
なお、ピアノの小井土さんは、後半も的確な演奏ぶりで、ダーレネをシッカリとサポートしていました。後半では、かなり強靭なピアノを聞かせてくれたのですが、ダーレネと同様に、激っしてきても、音楽が濁るようなことはない。演奏会全体を通じて思えたこと、それは、ダーレネとの共演者としては適役だ、ということでありました。

縷々書いてきましたが、ダーレネ、これから先が楽しみなヴァイオリニストであります。持ち前の清冽な演奏ぶりをベースにしながら、どれほどに豊かな音楽を実らせてくれることでしょうか。
なお、ダーレネは今回の来日の中で、首都圏でも同じプログラムによるリサイタルを来週開き(5/17)、昨日(5/13)と明日(5/15)は、沼尻さん&新日本フィルとシベリウスのヴァイオリン協奏曲を弾くことになっています。お近くの方は、是非とも聴きに行かれてはどうでしょうか。