井上道義さん&大阪フィルによる演奏会を聴いて

今日は、井上道義さん&大阪フィルによる演奏会を聴いてきました。演目は、下記の3曲。
●ハイドン 交響曲第103番≪太鼓連打≫
●ショスタコーヴィチ ヴァイオリン協奏曲第1番(独奏:崔文洙さん)
●ショスタコーヴィチ バレエ組曲≪黄金時代≫

ハイドンとショスタコーヴィチという、珍しい取合せの演奏会でありますが、つい先日CDで聴いた京響とのブルックナーの交響曲第8番(2013年ライヴ)が素晴らしかっただけに、井上道義さんがハイドンという、ドイツ音楽の原点のような作品でどのような演奏を繰り広げてくれるのかと、期待に胸を躍らせながら会場へ向かいました。
そこに加えて、井上道義さんが得意としているショスタコーヴィチが採り上げられるのも、楽しみ。実演機会のあまり多くない≪黄金時代≫に触れることができるのも、嬉しい限りであります。
なお、ヴァイオリン協奏曲で独奏を務める崔文洙さんは、大フィルのソロ・コンサートマスター。2009年に首席客演ソロ・コンサートマスターに就任し、2019年よりソロ・コンサートマスターを務めています。それ以前では、1997年から新日本フィルのコンサートマスターに就いていて、現在も同楽団のソロ・コンサートマスターを務めています。新日本フィルと縁の深い井上さん(同楽団のシェフを務めていたのは1983-88になりますが)でありますので、何度も一緒に演奏を重ねてきているのでしょう。

さて、演奏を聴いての印象についてであります。まずは前半のハイドンから。
躍動感があり、弾力性に富んだ演奏でありました。動きがキビキビとしていて、律動感に溢れていた。この辺りは、井上さんらしい演奏ぶりだったと言えましょう。
弦楽器のプルトを絞っていまして(4-3-2-2-1というプルト数)、響きが引き締まっていた。なおかつ、準対向配置(1st.Vn、Va、Vc、2nd.Vnという並び)が採られていて、ヴァイオリンの動きが立体的に引き立っていたことも、印象的でありました。
そのうえで、井上さんらしい「芝居気」のある音楽づくりが施されていたところが、実に特徴的。それは、サービス精神の旺盛さにも繋がっていた。至るところでテンポをガタっと落として、思い入れタップリに奏でたり、悪戯っぽい音楽づくりを施したりしていたりいと、聴いていて「忙しい」演奏でありました。第2楽章が、まるでお化けでも出てきそうなおどろおどろしい音楽になっていたのも、誠に個性的。
ただ、そのような音楽づくりが、少なくとも私には、あまり嫌味に感じられなかったのは、井上さんの作品へのアプローチが真摯であったが故なのでしょう。それは、ハイドンの音楽に相応しい、愛嬌たっぷりで、溌溂とした音楽づくりを基本に置いていたが故だとも思えます。
ハイドンの音楽を損ねない範囲で、個性的な音楽を聞かせてくれた井上さん。この辺りに、井上さんの円熟を見たようにも思えます。その意味で、井上さんの「今」がクッキリと刻印されていたハイドンだったと言えましょう。

続きましては、後半のショスタコーヴィチの2曲について。
ヴァイオリン協奏曲は、崔さんのキッチリカッチリとした独奏が聞き物でありました。献身的な独奏だったとも言えそう。この協奏曲のソロは、ある種、没我的でもあり、精妙にして玄妙なのですが、その辺りの味わいにも不足がなかった。長い長いカデンツァは、極度に緊張度の高い音楽であり、そこでも、ピンと張りつめたソロを披露してくれていました。
(10年ほど前のN響の定期演奏会で接することのできたムローヴァによるソロとほどに、鬼気迫る緊迫感は備わっていなかった、といった感じなのですが。あのムローヴァは、本当に凄かった。)
崔さん、低音はシッカリと鳴り、高音は艶やか。美音家だと言えましょう。音のムラが少ない。ヴァイオリンらしいヴァイオリンを堪能できた、といったところ。テクニックも冴え渡っていて、安定感の高い演奏を繰り広げてくれていました。ただ、重音で音をぶつけ過ぎと言いますか、響きに潤いが失われる(重音では、ヴィブラートが極端に減る)のが、少し残念でありました。
と言いつつも、崔さんによるヴァイオリンは、総じて体当たり的で、エネルギッシュで、それでいて、実直な演奏ぶりであり、好演だったと言えましょう。この作品の魅力を、存分に味わうことのできるヴァイオリン独奏でありました。
なお、井上さんが、崔さんに対しても、音楽の表情付けの指示を出していた(要は、独奏者に指揮をしていた)ところが、コンマスを独奏者に立てた演奏ならではとも思えたものでした。そう、この演奏をリードしていたのは、井上さんのようだったのであります。その井上さんは、第2,4楽章でのエネルギッシュな演奏ぶりを筆頭に、実に生気溢れる演奏を展開してくれていて、なんとも見事。
ちなみに、ここでの弦楽器の配置は、左から1st.Vn、2nd.Vn、Vc、Vaと、現代のオーケストラ演奏としては標準的な並びが採られていました。プルト数は、5-4-3-2-2。
最後の≪黄金時代≫は、そんな井上さんの生気溢れる音楽づくりが実に鮮やかでありました。弦楽器の配置は、ヴァイオリン協奏曲と同様。プルト数は、7-6-5-4-3と、編成を拡大させていました。その効果もあって、エネルギッシュにして、ダイナミックな演奏が繰り広げられました。音楽が存分に鳴っていた。
しかも、随所に、おどけた表情を見せてくれていた(この曲は、元来的に、そのような性格を持っている音楽なのですが)。全編において、サービス精神の旺盛な演奏だったとも言えましょう。更に言えば、井上さんの、この曲への愛着が滲み出ていた演奏でもあり、文句なしに楽しめる演奏となっていました。
なお、木管楽器群や、トロンボーン(トップは女性!!)が冴え渡っていて、この曲の面白味を存分に引き立ててくれていたのが、実に嬉しかった。

2024年末での引退を表明されている井上さんですが、大阪シンフォニーホールで大阪フィルを指揮する演奏会は、まだ数回予定されているようです。それらの演奏会では、どのような演奏を繰り広げてくれることになるのか、なんとも楽しみであります。