シュワルツコップ&セル&ベルリン放送響によるR・シュトラウスの≪四つの最後の歌≫を聴いて

大晦日の投稿になります。ということで、シュワルツコップ&セル&ベルリン放送響によるR・シュトラウスの≪四つの最後の歌≫(1965年録音)を聴いてみました。
この歌曲集は、R・シュトラウス(1864-1949)が世を去る前年に作曲されたもの。4つの歌曲のうち第1曲目の「春」を除いては、いずれも諦観や死の予感を漂わせた音楽世界が描かれていて、告別の歌であることを思わせずにはおきません。
初演は、作曲者の死の翌年に、フラグスタートによる独唱と、フルトヴェングラー指揮、フィルハーモニア管によってなされています。

なんと厳粛で、かつ、清浄な音楽なのでありましょう。そして、シュワルツコップの情感が細やか(かつ、濃やか)で、濃密な表現の、なんと素晴らしいこと。そのうえで、膨らみが感じられ、コクが深くもある。
そのようなこともあって、過度に感傷的にならずに、艶やかさが感じられます。それでいて、敬虔な雰囲気が漂ってもいる。そう、現世的な歓びと、しめやかさとが同居している、そんなふうに言えそうな歌唱が繰り広げられている。そして、陶酔感が頗る高い。
セルによるバックアップも、クリーヴランド管を指揮するときと比べると、ふくよかさや艶やかさや、官能味が感じられます。ロマンティックな味わいが濃くもある。色彩感にも不足がない。これらについては、クリーヴランド管以外のオーケストラを指揮する際に、しばしば感じられること。
そのうえで、この≪四つの最後の歌≫の演奏においても、セルらしい純度の高さが感じられる。そのようなセルの演奏ぶりが、シュワルツコップの歌に見事に呼応していると言えましょう。

夢見るように美しく、身も心も浄められてゆくように清らかで、かつ、官能味にも溢れている、惚れ惚れするほどに見事な演奏であります。