鈴木秀美さん&神戸市室内管による演奏会(シューベルトの≪ザ・グレート≫ 他)を聴いて

今日は、鈴木秀美さん&神戸市室内管による演奏会を聴いてきました。演目は、下記の3曲。
●シューベルト ≪サマランカの友人たち≫序曲
●ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番(独奏: 務川慧悟さん)
●シューベルト ≪ザ・グレート≫
2022年の4月に鈴木秀美さん&神戸市室内管の演奏会を初めて聴いて以来、このコンビによる定期演奏会は欠かさず聴きに来ていますが、シューベルトを頻繁に採り上げていまして、これまでに交響曲第1番と≪未完成≫が演奏されています。いずれの演奏でも率直な音楽づくりが為されていて、かつ、生命力に溢れた演奏が繰り広げられていて感銘を受けたのですが、とりわけ覇気に満ちていて鮮烈な演奏が展開された第1番には度肝を抜かれたものでした。
本日は、いよいよと言いましょうか、≪ザ・グレート≫が採り上げられる。≪未完成≫を演奏した際のプレトークで鈴木さんは、≪ザ・グレート≫は叙事的な性格が強いのとは対照的に、≪未完成≫は叙情的であり、今日は、そのことを強調するような演奏を心掛けたい、といった趣旨のことを仰っておられました。それからすると、本日の≪ザ・グレート≫では叙事的な性格を強調するような演奏が繰り広げられるのでありましょうか。全てのリピートを敢行することはまず間違ないでしょうし、そうすると、ほぼ1時間を要する、雄大にして生命力に富んだ叙事詩が描き上げられることになるのだろうと予想。いずれにしましても、これはもう期待せずにはおれませんでした。また、滅多に演奏されることのないシューベルトの序曲を聴くことができるのも楽しみでありました。
また、中プロで演奏されるベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番では、務川慧悟さんが独奏を務めることとなっていて、こちらにも注目。今年33歳になる、若手もしくは中堅にとも呼べそうなピアニストで、名前はよく聞くのですが、演奏を聴くのは初めて。どのような演奏を繰り広げてくれるのか、とても楽しみでありました。
なお、プログラム冊子に掲載されている鈴木さんのメッセージによりますと、3曲ともにハ長調で書かれた作品で統一されているとのこと。以前には、モーツァルトの39番とベートーヴェンの≪英雄≫という、変ホ長調の作品を並べたプログラムを組んでおられました。こういった意図によるプログラミング、鈴木さんはお好きなのでしょうね。
それでは、本日の演奏会をどのように聴いたのかについて、書いてゆくことに致します。

まずは前半の2曲についてでありますが、前プロのシューベルトの序曲は、曲想も演奏もキビキビとしていて、覇気に満ちていて、なんとも心地が良かった。
シューベルトが17歳の時に書かれた作品で、生前に演奏されたことは無かったそうですが、シューベルトらしい晴れやかで朗らかな世界の広がる音楽になっていました。しかも、目鼻立ちのクッキリとした演奏ぶりが、そのような性格を一層顕著なものにしてくれていたように思えた。更には、トランペットがやや硬めの音で奏でられていて、そのことによって音楽全体の鮮やかさが強調され、かつ、活気に満ちたものになっていて誠に印象的でした。しかも、とても効果的でもあった。
なにはともあれ、前プロに相応しく、演奏会を活気づけてくれるに十分で、ウキウキとした気分にさせてくれる、素敵な作品であり素敵な演奏でありました。
続くベートーヴェンのピアノ協奏曲は、まずもって務川さんのソロが素晴らしかった。全編を通じて、なんともデリケートな音楽が奏で上げられていました。
弱音を主体にしながら、儚げな音楽になっていた。とは言うものの、か弱い音楽になっていたり、神経質な音楽になっていたり、といったことは皆無。もっと言えば、押しつけがましさが微塵もなくて、奥床しいと言いましょうか、上品であり、雅趣に溢れた音楽が奏で上げられていた。そういったことは、務川さんの感受性の豊かさ故なのでありましょう。
更には、タッチは頗る繊細なものでありました。そして、音の粒にムラがない。そのために、速いパッセージでは音がコロコロと転がされてゆくような感覚を覚え、なんともチャーミングだった。そのことが、ベートーヴェンの初期の作品に相応しい可憐な性格に繋がっていたと言いたい。
また、第2楽章に代表されるように、詩的な雰囲気にも不足がなく、清潔感を帯びたロマンティシズムが漂うこととなっていた。なお、第2楽章で大活躍するクラリネットがまた夢見るように美しくて、この演奏に素敵な花を添えてくれていました。
なお、ピアノは、ステージの前側に横向き置かれるのではなく、指揮者の前に縦に置かれていました。この点はプレトークでも触れられていて、今回の拘りの一つだったようですが、そのことによって、オケとピアノとが遊離するようなことのない一体感が生まれていました。
また、オケによる序奏部ではピアノが通奏低音として音を奏でていた点も、ベートーヴェンの初期の時代様式を垣間見せてくれるものとなっていて、頗る興味深かった。しかも、そのことにより、オケの響きが多彩になっていて、かつ、雅な雰囲気が漂ってくることとなっていたのでありました。
さて、鈴木さんによるバックアップぶりについてでありますが、普段の鈴木さんの音楽づくりからすると、随分と柔和ものになっていたのではないでしょうか。それは、務川さんの演奏ぶりに、かなり寄せていった結果なのでありましょう。とは言うものの、キッチリカッチリとした音楽づくりになっていたところは、いかにも鈴木さんらしいところ。肌触りが柔らかでありつつも、機敏にして、溌溂とした演奏ぶりでもあった。なによりも、とても端正だった。そのような演奏ぶりによって務川さんをシッカリとサポートしていたと同時に、ベートーヴェンの初期のピアノ協奏曲の魅力をありありと描き上げることに繋がっていて、見事でありました。
なお、ソリストアンコールではベートーヴェンの≪悲愴≫から第2楽章が演奏されました。
こちらがまた、協奏曲での演奏と同様に、弱音を主体にしながらの、繊細にして詩情豊かな演奏となっていた。とても多感な演奏だったとも言えそう。
そのうえで、なよなよしたようなところは皆無。シッカリとした構成感が築かれていた。しかも、心に沁み入る歌心に満ちていた。頗るニュアンスが多彩な演奏になってもいた。
そのような演奏ぶりが、この楽章の性格にピッタリ。そして、務川さんの音楽性が、存分に表されていたようにも思えた。そんな、なんとも素敵なアンコールでありました。

それでは、ここからはメインの≪ザ・グレート≫についてであります。期待に違わぬ素晴らしい演奏でした。いや、期待以上だったと言いたい。
ほぼ全編を通じて、テキパキと音楽は進められ、かつ、目鼻立ちのクッキリとした音楽が奏で上げられていきました。生命力豊かでもあった。そのうえで、頗る清々しい演奏となっていた。
演奏を聴く前から、きっと、今述べたような演奏になるのだろうと予想していつつも、その様子の徹底ぶりは目を瞠るほどのもので、「鈴木秀美節」が迷いのない形で繰り広げられていった、と言いたくなる演奏でありました。
序奏部はやや遅めのテンポが採られていて、先を急がない、悠揚たる歩みによる音楽が奏で上げられていました。ひょっとすると、このようなスタンスのテンポで押し通してゆくのかな、という思いを抱きもしたのですが、主部に入る直前でグングンと加速され、主部はかなり快速なテンポとなったのでした。そのために、音楽の歩みが頗る小気味が良い。しかも、決して軽佻なものにはならない。至るところで楔を打つようにして進めることによって、音楽に「見せ場」を作ってゆく。或いは、音楽を立体的なものに仕上げてゆく。このような手法は、これまでの鈴木さんによる演奏でもしばしば見受けられたのですが、これまで以上に鮮やかに決まっていったように思え、意味深く感じられたものでした。
しかも、音楽の息遣いが滑らか。基本的には、鈴木さんの演奏はキッチリカッチリとした佇まいを見せてゆき、ある種、無骨でもあるのですが、ここぞという箇所では、とても滑らかな音楽を志向してゆく。それは例えば、第1楽章でのトロンボーンが旋律を奏でる場面だったりします。その場面では、曲線を帯びた形で音楽が鳴り響いていた。
また、最終楽章では、ところどころでレガートを効かせることがあり、表情に変化が付けられていた。
そういった頻度は、ごく控えめであるために、くどさがない。これ見よがしな表現になることがなく、鼻につくようなこともない。その辺りは、鈴木さんのセンスの良さであり、かつ、音楽への誠実さの現れなのでもありましょう。これが、度を越すと、「悪ふざけ」に思えてしまうのですが、そのような愚を犯すことがないのは流石であります。
なお、予想通りに、全てのリピートが敢行されていました。そのため、正確に演奏時間を計った訳ではありませんが、概ね1時間を要する演奏となっていた。なるほど、長さは感じられましたが、それは心地の良い長さだったと言いたい。音楽が弛緩するようなことが皆無だったことが、その理由の一つでありましょう。とは言うものの、やはり、センス抜群で、かつ、やるべきことをキッチリとやり抜いている演奏だったが故なのだと言いたい。重厚さからは懸け離れた演奏ぶりでありつつも、清新にして、キビキビとしていて、生気に満ちた音楽が鳴り響いており、その点での充実感は頗る高いものがあった。
更に言えば、この作品の魅力をスッキリとした形で表してくれていたところが、実に尊かった。そう、決して大言壮語している訳ではありませんでした。それでいて、誇張のない形で、この作品に相応しい雄大さが備わってもいた。本日のプレトークでも、この作品に対して「叙事的」という言葉を一度使われていましたが、ストーリーを積み上げてゆくことによる雄大さが表されているようにも思われた。
そのような中で、第2楽章においては、充分に抒情的でありました。とは言いましても、粘り気は全く無かった。この楽章でも速めのテンポが採られており、淀みなく流れてゆく。その中から、清々しい詩情が滲み出てくる、といった音楽が鳴り響いていました。それは、この楽章がもともと宿している性格に依るものなのだ、とも言えそうなのですが。
そのようなことも含めて、楽章ごとに、この作品に描かれている表情が屈託なく、かつ、生き生きと表されていた演奏だったと言いたい。
そんなこんなによって、聴後に充実感と爽快感の残る演奏となったのでありました。
なお、オケによるアンコールは無し。1時間掛かる作品がメインで演奏された、しかも、内容のぎっしりと詰まった作品がメインで演奏された訳ですので、アンコールが無かったことも頷けるところであります。それは、ブルックナーの9番が採り上げられたことと同等のメインだった、とも看做せそうですので。





