びわ湖ホールで、≪セヴィリャの理髪師≫を観てきました
今日は、びわ湖ホールで≪セヴィリャの理髪師≫を観てきました。主なキャストは、下記の通りになります。
アルマヴィーヴァ伯爵:中井亮一さん(T)
ロジーナ:富岡明子さん(MS)
フィガロ:須藤慎吾さん(Br)
バルトロ:黒田博さん(Bs)
ドン・バジーリオ:伊藤貴之さん(Bs)
管弦楽:日本センチュリー交響楽団
指揮:沼尻竜典さん
演出:粟國淳さん
5月のアリス・紗良=オットによるリサイタル以来、半年ぶりのびわ湖ホール。そして、3月にびわ湖ホールで観た≪パルジファル≫以来のオペラ観劇。演出は、セミ・ステージ形式ではなく、本格的な舞台が付くよう。
黒田博さんは、幾つかのオペラ公演で聴いてことがありますが、その他は、おそらく初めて実演に接する歌手ばかりだと思われます。
どのような公演になるのかと、心ときめかしながら、ホールへと向かいました。
観劇して感じたこと、それは、≪セヴィリャの理髪師≫はやはり、とびきり素敵なオペラ・ブッファだということでした。なんともユーモアに溢れているのでしょう。織り成されている音楽の、なんと甘美で、なんと小気味よくて、なんと晴れやかなことでありましょうか。音楽を聴いていると、心が弾んできて、幸福感に包まれてきました。「あぁ~、なんていい曲なのだろう」と、何度も心の中で呟きながら観ていたものでした。
と言いつつも、本日の演奏は、そのようなロッシーニの美質が、私には万全の形で伝わってくるものとはなっていなかった。その最大の原因は、沼尻さんの指揮にあるように思えます。
まずもって、テンポが遅いことが多く、そのために、ロッシーニならではの軽妙で颯爽とした気分が生かし切れていないように思えてならなかった。音楽の流れに疾走感が乏しかった。そして、音楽が存分に弾み切れていなかった。
しかも、テンポの緩急に関係なく、カンタービレがあまり効いていなかった。そのために、晴れやかさや、伸びやかさや、しなやかさにも、今一つ欠けていた。結果として、イタリアオペラならではの、特に、オペラブッファに特徴的な、陽光が燦燦と降り注ぐような演奏、というものに遠かったと思えてならなかった。
そんなこんなのために、私の脳内で修正を加えながら聴いていた、という鑑賞でありました。
それでいて、それなりに楽しめたのは、作品の力なのでしょうね。
歌手陣では、アルマヴィーヴァ伯爵を歌った中井さんが素晴らしかった。
第一声の、召使のフィオレッロへの何気ない呼びかけから、柔らかで軽やかな声が響き渡り、「これは」と思わせるに十分でありました。しかも、その後の歌では、しなやかさが充分に感じられた。中井さん、ベルカント物のリリコ・レジェ―ロに最適な、声質と、歌に対する身のこなしを身に付けておられると思われます。但し、アジリタの技巧に、今一つの安定感が欲しい所でありました。また、輝かしさも随所に見せ、それ自体は決して悪いことではないのですが、その輝かしさの現れ方が唐突に感じられ、音楽のフォルムを崩してしまっていたと感じられた箇所が散見されたのが、残念でした。とは言え、甘美な声と、しなやかさと滑らかさを備えている歌いぶりは、充分に魅力的でありました。その点は、中井さんの素晴らしい「個性」であると思われます。
なお、第2幕の幕尻の超絶技巧が施されている長大なアリア『もう逆らうのをやめろ』も、カットすることなく歌われていました。このアリア、アジリタの技巧がしっかりしていないと、厳しいものがあります。
次いで惹かれたのは、フィガロ役の須藤さん。フィガロらしい威勢の良さが備わっていました。声に、強靭さと朗らかさがあった。ちょっと一本気の強い歌い口だったとも思えましたが、歌の滑らかさもそれなりに感じられた。中井さんほどの「個性」は見出せませんでしたが、好感の持てるフィガロ歌唱でありました。
バルトロを歌った黒田さんは、滑稽さをあまり強調しない中に、面白みを感じさせてくれる歌いぶり。このようなブッフォ歌手、私は好きです。ドン・バジーリオを歌った伊藤さんは、声と歌いぶりに太さと拡がり感があり、かつ、深々としていて、この役に相応しい歌であったと思います。
ロジーナを歌った富岡さんは、この役に不可欠なウィットや機転の利く知性や、といったところは充分に感じさせてくれる歌いぶりであり、しかも、声の質にも深々とした色合いがあって、なかなかに魅力的でありました。しかしながら、アジリタの技巧がちょっと不安定だったように思え、ぎこちなさが感じられたのが残念。自由なテンポで声を転がす場合は問題ないのですが、テンポに乗せて転がすと重くなる、といった感じ。ロジーナを、しなやか、かつ軽やかに歌うのは、かなり難しいことなのだなということを、再認識させられた歌でありました。
かように、幾つかの不満がありはしましたが、それでも、かなり楽しめた公演でありました。繰り返しになりますが、それは、作品がもともと持っている魅力ゆえ、というところが大きいように思えます。更に言えば、久しぶりのオペラ観劇ということで、オペラへの喉の渇きを癒してくれる体験だった、ということにも依っているように思えます。
やはり、劇場でオペラを観るのは、良いですねぇ。