イヴァン・フィッシャー&ブダペスト祝祭管によるコダーイの≪ガランタ舞曲≫と≪ハーリ・ヤーノシュ≫組曲を聴いて

イヴァン・フィッシャー&ブダペスト祝祭管によるコダーイの≪ガランタ舞曲≫と≪ハーリ・ヤーノシュ≫組曲(1998年録音)を聴いてみました。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリー)に収蔵されている音盤での鑑賞になります。

骨太で、生命力溢れる演奏が展開されています。更には、頗るニュアンス豊かでもある。
基調となっていること、それは、推進力が強く鮮烈でもある、ということ。≪ガランタ舞曲≫の後半部分などは、力強く驀進しています。そして、これは両曲を通じて言えることなのですが、音楽全体が弾けていて、かつ、生彩に富んだものとなっている。巧緻にして、精妙な音楽づくりが為されているとも言いたい。
真摯にして、率直な音楽が奏で上げられているとも言えよう。力強くてエネルギッシュでありつつ、純音楽的な美しさを湛えてもいる。
しかも、敏捷性が感じられつつ、腰の据わった演奏ぶりが示されている。はしゃぎながら音楽している雰囲気が微塵も感じられないのです。そう、≪ハーリ・ヤーノシュ≫の第4曲目の「戦争とナポレオンの敗北」、この、滑稽味に溢れているナンバーにおいても、シリアスな演奏が展開されている。そうであるが故に、ナポレオンの敗北の場面では、あまり例を見な程に哀感に満ちた音楽が鳴り響いている。それでいて、全編を通じて、生き生きとした表情を湛えている。頗る洒脱でもある。
更には、毅然とした音楽づくりが為されていながらも、情念的でもある。そのことは、≪ガランタ舞曲≫の前半部分での、切々とした歌いぶりによく現れている。或いは、≪ハーリ・ヤーノシュ≫の第1曲目の「前奏曲、おとぎ話は始まる」や第3曲目の「歌」にも当てはまる。
その一方で、おどけた表情も堂に入っている。それは例えば、≪ガランタ舞曲≫の真ん中を少し過ぎた辺りで顕著。そして、≪ハーリ・ヤーノシュ≫の終曲での「皇帝と廷臣たちの入場」にも、よく現れています。しかも、後者においては、おどけていながら、途轍もない推進力を宿した音楽となっている。

研ぎ澄まされた感性に裏打ちされた音楽が、ここに展開されています。冴え冴えとした音楽が。
そのうえで、この両曲に備わっている土俗性にも不足がない。それはもう、実に逞しい形で表出されている。
イヴァンの音楽性の豊かさが発揮されている、実に見事な、そして、頗る素敵な演奏であります。