五嶋みどりさんが主宰する、第16回ICEP ネパール/日本 活動報告コンサート2025(大阪公演)を聴いて


今日は、大阪のザ・フェニックスホールで第16回ICEP ネパール/日本 活動報告コンサート2025を聴いてきました。
内容は、下記の通りでありました。
●モーツァルト 弦楽四重奏曲第22番
●ICEP ネパール活動報告(話者:ウパカルさん)
~休憩~
●ハンナ・イシザキ ≪3匹の子ブタ≫(参加者全員と演奏者の合同演奏曲)
●メンデルスゾーン 弦楽四重奏曲第4番

ICEP(アイセップ/インターナショナル・コミュニティー・エンゲージメント・プログラムの頭文字を取った略称)とは、五嶋みどりさんが主宰されている音楽活動。「アジアの国々を訪れ、学校・子ども病院・児童施設・高齢者施設などに生演奏を届けることで、普段西洋音楽に触れる機会の少ない子どもたちなどが音楽を通じてクリエイティビティ・相互理解・向上心を育み、視野を広げ、明日への夢を抱くきっかけ作りを提供」することをコンセプトに置いておられるようです。
(かっこ書きの部分は、ホームページに掲載されているものを、そのまま転記させて頂いています。)

第16回目を迎えた昨年はネパールを訪問されていますが、このコンサートは、その報告とカルテットの演奏が披露されるという内容。本日は大阪で、そして6/17には東京の王子ホールで開催されます。
カルテットのメンバーには世界からオーディションにより選ばれた若手音楽家3名が名前を連ねていて、ネパールでの活動と本日の演奏会でのメンバーは同一とのこと。その3名は、下記の通りとなります。
ヴァイオリン:エレノア・デ・メロン
ヴィオラ:シャーロッテ・スティッケル
チェロ:アネット・ヤコブチッチ
また、大阪、東京での活動報告コンサート以外にも、今月、北は岩手県から南は佐賀県まで、9つの都府県で、12ヶ所の教育機関、3ヶ所の医療機関、1ヶ所の福祉施設、2ヶ所の矯正施設に対して訪問プログラムを実施されているようです。

MIDORIさんによるカルテットの演奏は、とても貴重だと言えるのではないでしょうか。どのような音楽に巡り会うことができるのだろうかと、ワクワクしながら会場に向かったものでした。
なお、当初アナウンスされていた曲順では、メンデルスゾーンが前半に演奏され、モーツァルトが最後に配置されていたのですが、メンデルスゾーンとモーツァルトが入れ替えられて演奏されました。

それでは、本日の演奏会をどのように聴いたのかについて書いてゆくことに致します。

まずは前半から。
冒頭に演奏されたモーツァルトでありますが、驚いたことにMIDORIさんはセカンド・ヴァイオリンを担当されていました。とは言いつつも、この四重奏曲は、セカンドに旋律が回ってくることが多い。その上で、刻みがあったり、分散和音を弾いたり、ファーストと掛け合いをしたり合いの手を入れたりと、様々な重要な役割を担っている。そのために、セカンドに腕利きの奏者を置くと、音楽の奥行きがグッと深まってゆく。このことは、多くの弦楽四重奏曲に当てはまりましょうが、とりわけモーツァルトの22番(ニックネームとして≪プロシャ王セット≫の第2番とも呼ばれる)では、その傾向が著しいように思えた。MIDORIさんがセカンドを弾くことになったことが、大いに理解できたものでした。
また、4人全員で音を出す際でも、MIDORIさんがアインザッツを出すことがしばしば。更には、MIDORIさんの身振りや、顔の表情で、その場面での音楽の性格を4人に伝達する、といったことが頻繁に行われていた。すなわち、首を僅かに振ったり、眉毛を上下に動かしたり、といった形で、アインザッツや、音楽の表情付けの手助けとする、といったことを、ごく自然に行っていたのであります。そういった反応が、実に機敏だった。そして、意味深さが感じられた。
その様子はまさに、「音楽している姿」そのものだったと言いたい。MIDORIさんによる演奏が生まれる根源のようなものを目の当たりにした、といった思いを抱いたものでした。そのうえで、セカンドを弾きつつも、周りをリードしていたのはMIDORIさんに他ならなかったのだな、という感を強くしたものでした。
また、MIDORIさんのアウフタクトの、なんと深かったことでしょう。そのことが、奏で上げられてゆく音楽の息遣いの豊かさに直結していたと思えてなりませんでした。更には、MIDORIさんの音が、驚くほどに太かった。それは、ヴィオラとの区別が付きにくいほどでありました。
そのような点も含めて、ソリストとしてのMIDORIさんとは異なり顔を見ることができた。そのような、モーツァルトのカルテット演奏でありました。
そんな、MIDORIさんが引っ張りながらの演奏はと言いますと、最晩年のモーツァルト(この曲は、死の前年に書き上げられた作品であります)ならではの、決して有頂天になってはしゃぎ回るようなことのない、「清冽な愉悦」といったようなものを湛えたものになっていました。奥行きの深さ、といったものが感じられもした。
なんとも立派な演奏でありました。
この演奏の後、ウパカルさんによるICEPのネパール活動報告がなされました。ウパカルさんは、大学への留学で来日されて15年になる日本在住のネパール人。日本国内のホテルに勤務されていて、日本とネパールの架け橋となって活動されている方になります。
さて、ここでは活動報告となっていますものの、ますはネパールという国の紹介や、そこでの教育の現状について説明され、その後、ウパカルさんの留学時代から現在に至る自己体験を披露する、といったものが主になっていました。そして最後に、五嶋みどりさんたちICEPのメンバーがネパールで活動された模様が写真を伴ったスライドで紹介される、といった流れ。
日本に留学されるまでの苦労や、来日されて以降の体験談を、興味深く聞くことができました。また、これまでの私にとっては未知の国だったネパールが、身近に感じられもしたものでした。

さて、ここからは後半についてであります。
メンデルスゾーン、素晴らしかったです。なぜ曲順を変更して、こちらをメインに据えたのかということを激しく理解することのできた演奏でありました。それはもう、身震いするほどに素晴らしかった。
メンデルスゾーンについて書く前に、まずは後半の冒頭に演奏されました≪3匹の子ブタ≫について触れます。なお、後半の2曲は、MIDORIさんがファースト・ヴァイオリンを担当されました。セカンドを弾くMIDORIさんも魅力的でありましたが、やはりMIDORIさんがファーストを弾くと、そこでの演奏される音楽の求心力や凝縮度がグッと高まる、といった印象を受けたものでした。
「参加者全員と演奏者の合同演奏曲」と書かれていますが、これは、その場に居合わせた聴衆も演奏に参加する、といった趣旨であります。聴衆が途中で拍手を鳴らしたり、服をさすって(もしくは、息をフーと吐いて)音を出したり、といった行為で、演奏に参加するのであります。すなわち、オオカミが子ブタの建てた家にやって来た際に手を打つ、また、オオカミが家を吹き飛ばそうとした際に服をさする(もしくは、息をフーと吐く)、ということをするのでありました。前回の演奏会で聴衆も参加する形での演奏を組み込んだところ好評だったということで、今回も取り入れたのだと紹介されていました。
音楽は、ナレーションを挟みながら進められました。そして、鳴り響いている音楽はとても平明なもの。そのようなこともあって、≪ピーターと狼≫に通ずるもののある音楽だな、との思いが湧いてきたものでした。なお、今月の日本での公演のために書き下ろされた作品とだのことであります。
そのような音楽に対して、MIDORIさんは、頗る真摯に向き合っていた。音楽が大道芸的に響くようなことが無かったのであります。背筋がピンとしている演奏だったとも言いたい。
興味深かったのが、オオカミが最初の家(藁で建てられた家)にやって来た際に、≪ピーターと狼≫で、ピーターがロープをスルスルと下ろしてゆく描写に似たパッセージが出てきた。思わず、クスッとさせられました。
さてここからは、本題だと言いましょうか、メンデルスゾーンについてであります。
出だしから、圧巻の演奏が展開されました。ホ短調で書かれた第1楽章は、楽章全体がざわめき立ちながら音楽は進んでゆく。至る所でさざ波が立つような音楽となっているのであります。そのさざ波が、時に高い波となって聴く者に押し寄せてもくる。かように、緊迫感の高い、そして、極めてエモーショナルな音楽となっていたのですが、MIDORIさんが率いる四重奏団(そのような表現がピッタリだと思えます)が、実に雄弁に奏で上げてゆく。緊密で、4つの楽器が渾然一体となって鳴り響いていた。息遣いが豊かであり、かつ、とても体温の高い演奏になってもいた。
そのうえで、MIDORIさんが、実にソロイスティックに弾いていったのであります。毅然としていながらも、艶然とした音楽を奏でてゆく。しかも、体当たり的な態度を貫くことが多かった。
と言いつつも、4人によるアンサンブルの枠からはみ出すようなことは一切ありませんでした。そう、全く野放図な演奏ぶりになっていなかったのであります。いや逆に、頗る求心力の強い演奏ぶりとなっていた。そのようなMIDORIさんに、周りの3人も臆することなく、音楽に没入していきながら渾身の力で応じてゆく。それはまさに、丁々発止な演奏となっていた。そのようなこともあって、演奏全体が、凝縮度が高くて、緊密で、エモーショナルなものになっていた。
第2楽章のスケルツォでは、とても敏捷性の高い演奏が展開されていった。続く、緩徐楽章となる第3楽章の冒頭では、MIDORIさんがプリマドンナの如く、艷やかに旋律を歌い抜いていて、頗る魅力的であった。更には、最終楽章では、これまた炎のような音楽が奏で上げられた。とても煽情的でもあった。そのような中、終わり近くでファーストがハイポジションで弾く箇所があったのですが、MIDORIさんがバシっと決めてくれていた。しかも、決して曲芸のようなものになっていなかったのは、流石だと言えましょう。
そんなこんなによって、パッショネートでありつつも、ロマンティシズムな雰囲気を湛えた音楽が鳴り響くこととなっていました。その様は、ロマン派による音楽に相応しいものだったと言えましょう。
しかも、単に感覚的な素晴らしさが感じられただけでなく、決然とした意志のようなものが宿っていた音楽だったとも言いたい。
いやはや、なんとも素晴らしい、戦慄ものの演奏でありました。
ちなみに、帰宅して、同曲をエマーソンSQによる音源で(それは、NMLで見つけたもの)聴き直してみたのですが、MIDORIさん達によって演奏されたものと比べると、なんとも微温的なものだと感じられました。それだけに、余計に、MIDORIさん達による演奏が如何にアグレッシブなものだったのだということを、かつ、彫りの深いものだったのだということを思い知らされたものでした。

本日のモーツァルトとメンデルスゾーンのカルテットでの演奏を通じて、MIDORIさんの音楽性の豊かさや、音楽への真摯な態度や、といったものを目の当たりにすることができた、という印象を強く受けたものでした。更には、かねてより、MIDORIさんは「音楽の求道者」のようだと思っていたのですが、その思いをより一層強くしたものでした。
そのような思いを胸に、満ち足りた気分で、会場を後にしたのでありました。