カール=ハインツ・シュッツと吉野直子さんによるデュオコンサート(西宮公演)を聴いて

今日は、兵庫県立芸術文化センターでカール=ハインツ・シュッツと吉野直子さんによるデュオコンサートを聴いてきました。フルートとハープのデュオになります。
演目は下記の通り。
●モーツァルト ヴァイオリンソナタ第9番 K.14(フルートとハープ版)
●サン=サーンス ヴァイオリンとハープのための幻想曲(フルートとハープ版)
●ダマーズ フルートとハープのためのソナタ第1番
~休憩~
●クラ フルートとハープのための二重奏曲
●武満徹 ≪海へ Ⅲ≫(アルト・フルートとハープのための)
●ドビュッシー ≪月の光≫
●ドップラー/ザマラ共作 ≪ガジルダ幻想曲≫

シュッツは、2015年からウィーン・フィルの首席を務めているフルート奏者。
モーツァルトが協奏曲を書いているように、フルートとハープの組合せは、とても相性が良いように思えます。優雅で、かつ、華麗な音楽が響き渡ることが多いと言えそう。或いは、玄妙な音楽が鳴り響くこととなる組合せだとも思える。
そのようなフルートとハープによる二重奏を、名手2人が奏でるという、豪華にして贅沢な演奏会。一体どのような音楽に巡り会うことができるのだろうかと、楽しみでなりませんでした。

それでは、本日の演奏会をどのように聴いたのかについて書いてゆくことに致しましょう。

なにはさておき、シュッツによるフルートが素晴らしかった。
冒頭のモーツァルトが始まると、思わず、≪魔笛≫の劇中でタミーノが吹くことになっているフルートソロが頭をよぎりました。ウィーン国立歌劇場管弦楽団のフルート奏者でもあるシュッツは、これまでに数え切れないほど、あのソロを吹いてきたことでしょう。
本日演奏されたモーツァルトのソナタと、≪魔笛≫の中のソロの旋律は、全く似ている訳ではありません。しかしながら、音楽が纏っている空気感のようなものや、奏で上げられている音楽の伸びやかさや、といったものが、とても似ていたのであります。あの、≪魔笛≫のソロを吹いたら、さぞかし素晴らしい演奏になることだろうなぁ、というふうにも連想させられた演奏ぶりでもあった。
ウィーンのフルート奏者なのだ、ということを、演奏の端々で感じさせてくれる演奏でもあったと言いたい。優雅であり、響きがふくよかでもあった。
しかも、まろやかな音をしていて、かつ、響きが澄んでいた。ピュアな美しさを湛えていたのであります。そのうえで、フレージングが何とも自然で、奏で上げられる音楽は伸びやかなものとなっていた。音楽の流れがスムーズで、それでいて、音楽がサラサラと流れるようなことは皆無。息遣いがとても豊かで、多彩にして豊潤な音楽が奏で上げられてゆくのであります。背筋がピンと伸びていて、凛々しくもった。もっと言えば、高貴でもあった。更には、とても軽やかでもあった。そんなこんなによって、惚れ惚れするほどに美しい音楽が鳴り響いていた。
その一方で、例えば前半の演目では、サン=サーンスやダマーズなどでは、実に玄妙で、幻想的な演奏が展開されていた。弱音は美しく、強音は頗る力強くもあった。その幅の広さは、目を瞠るものがありました。
また、後半に演奏されたドビュッシーの≪月の光≫で聞かせてくれていたように、ソットヴォーチェで淡々と音楽を奏でることもしばしば。そこでの表現の、なんと雄弁で、かつ、胸に深く突き刺さってくるものとなっていたことでしょうか。これはもう、音楽センスの高さの賜物だと言えましょう。
また、武満の≪海へ≫はアルトフルートによる作品になっているのですが、骨太でふくよかな響きを伴いながら演奏されていき、なおかつ、とても玄妙だった。ちょっと尺八を思わせるような奏法が採り入れられていて、それがまた堂に入っていた。その辺りにも、シュッツの芸の幅の広さが窺えたものでした。
そのようなシュッツに対して、吉野さんによるハープは、楚々としていて、かつ、優美なものでありました。そして、シュッツとの呼吸がピッタリ。シュッツにシッカリと寄り添い、シュッツの意図を汲みながら付けていった吉野さん。しかも、フルートが休みでハープのソロとなる箇所では、キリッとした音楽を奏で上げてくれていた。吉野さんもまた、音楽センスの高さや、音楽への誠実さや、といったものが窺える演奏を繰り広げてくれていました。

アンコールは2曲演奏されましたが、圧巻は≪チャルダッシュ≫。前半のノスタルジックな曲調を湛えている箇所では妖艶な雰囲気がシッカリと描き出されてゆき、後半でアップテンポな音楽に切り替わると、目の眩むような鮮やかな演奏が展開された。しかもそれが、単なる大道芸的な音楽にならないところに、シュッツの高い音楽性を感じ取ることができたものでした。
演奏が終わると、この日で最も盛大な拍手が沸き起こりました。まさに、聴衆を魅了した≪チャルダッシュ≫。なんとも見事な、そして、素敵な演奏でありました。

フルートとハープによるデュオということで、ひょっとするとサロン音楽的な内容になるかもしれないな、といった想像もしていたのですが、精妙な音楽を聴くことのできた素敵な演奏会でありました。
もっとも、ウィーン・フィルのフルート奏者と吉野さんによるデュオでもありますので、そんなに「お気楽な」演奏会になるようなことはないだろうな、とも予想していました。その予想が見事に的中した、といったところでありました。