ピリスによるシューベルトの即興曲集を聴いて
ピリスによるシューベルトの即興曲Op.90,142の全8曲(1996,97年録音)を聴いてみました。
このピリス盤は、内田光子さん、リリー・クラウスとともに、私にとってのシューベルトの即興曲集の、ベスト3のうちの1枚であります。
冴え冴えとしていて、憂愁に満ちた演奏であります。そのうえで、音楽を覆っている空気は、澄み切っている。そう、誠に透徹した音楽世界が広がっているのであります。ピュアな美しさを湛えてもいる。
なるほど、儚げであったり、切なさが感じられたりといった演奏であり、聴いていて胸が締め付けられるような思いに駆られるのですが、か弱い演奏になっている訳ではありません。虚無感がある訳でもありません。むしろ、骨格がシッカリとしている。クッキリとした音像を結んでいて、音楽がしっかと佇立している。しかもそれは、背筋をピンと伸ばした姿をしていると言えそう。
更には、内に秘めた情熱が存分に伝わってくる。そのために、細やかなニュアンスを湛えた繊細な世界が広がっているにもかかわらず、骨太な音楽が鳴り響いている。このような、矛盾するような要素が、何の齟齬をきたすことなく並立しているのは、まさに神業だと言えましょう。しかもそれが、さり気なく為されているのが、驚異的なところ。それは、研ぎ澄まされた感性に裏打ちされながらの、音楽への細やかな配慮が為されているからに他ならないのでありましょう。
清冽で、凛としていて、それでいて、生気に溢れている演奏。しかも、気高さの感じられる演奏でもある。
聴いていてウットリとしてくるとともに、至る所でハッと息を飲むような、驚きや、思いがけない美しさにぶつかる。そして、心が浄化されるような思いに駆られる。
これはもう、唖然とするほどに素晴らしい演奏であります。