飯森範親さん&日本センチュリー響(パシフィックフィルハーモニア東京との合同演奏)による演奏会を聴いて

今日は、飯森範親さん&日本センチュリー響(パシフィックフィルハーモニア東京との合同演奏)による演奏会を聴いてきました。演目は、下記の2曲。
●アダムズ ≪Must the Devil Have All the Good Tunes? (悪魔は全ての名曲を手にしなければならないのか?)≫ (独奏:角野隼斗さん)
●R・シュトラウス ≪アルプス交響曲≫

飯森さん&センチュリーのコンビは、昨年の夏にも、アダムズを採り上げています。そのとき演奏したのは、サックス協奏曲(独奏は上野耕平さん)。アダムズに、注力しているようですね。
今回採り上げるのは、実質的にはピアノ協奏曲となる作品。2018年に作曲され、アダムズにとっては3作目のピアノ協奏曲になります。邦訳すると、「悪魔は全ての名曲を手にしなければならないのか?」となるようです。その独奏を務めるのは、人気ピアニストの一人、角野隼斗さん。彼のピアノを聴くのは、実演のみならず、音盤、テレビやラジオ放送などを含めても、初めてになります(テレビのトーク番組で、余興のような形で演奏されたものを聴いたことはある)。
初めて聴く曲のため、一度事前に聴いておこうと、昨夜、NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリー)を検索してみました。すると、ユジャ・ワン&ドゥダメル&ロス・フィルによって2019年に世界初録音された音盤が出てきた。喜び勇んで、聴いてみました。ちなみに、この曲は、ロス・フィルの委嘱作品とのこと。
NMLで聴いたうえでの、この曲の概略を記すと、次のようになります。
25分超の演奏時間で、切れ目なく演奏されますが、急・緩・急の3部に分かれており、旧来からの協奏曲の形式に則っている。
最初の「急」の部分は、随分と凶暴な音楽になっている。独奏ピアノも、オケも、かなりエネルギッシュな演奏が要される。そのうえで、焦燥感に満ちた音楽となっている。
続く「緩」の部分は、瞑想的であり、ノスタルジックでもある。しかしながら、音楽は次第に切迫してゆき、リズミカルに跳躍するようになり、そのまま最終部の「急」へとなだれ込む。
最終部では、音楽はスウィングしている。そして、ちょっと嘲笑を浮かべているようでもある(これは、悪魔の嘲笑でありましょうか)。それでいて、音そのものは強靭さを備えたものが要求されている。次第に音楽は混沌としていきつつも、カタルシスへと誘われ、一撃されたベルの余韻を残しながら曲は結ばれる。
以上のようなアダムズのピアノ協奏曲を前プロに置き、メインには≪アルプス交響曲≫が据えられた、本日の演奏会。なんとも意欲的なプログラムであります。また、飯森さんが同じく音楽監督を務めているパシフィックフィルハーモニア東京(旧称:東京ニューシティ管弦楽団)との合同演奏というのも、興味深いところ。
はたして、どのような演奏に巡り会うことができるのだろうかと、ワクワクしながら会場に向かったものでした。

ホール入口の様子

それでは、実際に聴いてみての印象について、触れていこうと思います。まずは、前半のアダムズから。
本日の演奏会はチケット完売。購入するのが少し遅れたために、最廉価席はステージ後ろのいわゆる「P席(ザ・シンフォニーホールではオルガン席と呼ばれています)」しか残っていませんでした。そのため、京都に引っ越して以降、シンフォニーホールでは初めてのオルガン席での鑑賞。(30年ほど前に、オルガン席で鑑賞したことはあります。)
オルガン席からだと、協奏曲の演奏の場合、ソロとオケのバランスが極めて悪い。ピアノによるソロは、オケの音に阻まれるようなことになり、ソリストによる演奏の細かなニュアンスが、あまり解らないのであります。もやもやした気分での鑑賞となってしまいました。
そのような環境での鑑賞ではありましたが、角野さんのノリの良さは充分に感じられました。更には、豪快さや、敏捷性の高さも充分に聞き取れた。
角野さんによるピアノの美質は、次のような点にあるのではないだろうかと感じられました。
切れ味がありつつも、しなやかさも兼ね備えていて、過度に音楽が鋭角的にならない。そのうえで、力強さも充分で、ダイナミックである。それでいて、響きが濁るようなことはない。リズミカルな曲想への反応は鋭敏で、その結果として、躍動感があり、かつ、オシャレな感覚の織り込まれた音楽が奏で上げられてゆく。
そして、そのような美質が、この作品の性格にピッタリだったと思えた。何故、角野さんが起用されたのか(或いは、角野さんとの共演ということで、何故この作品が選ばれたのか)ということが、よく理解できたものであります。
しかも、ノリの良さや、敏捷性の高さや、ダイナミックな演奏ぶりや、については、飯森さんの指揮からも充分に窺えた。角野さんと飯森さん、とても相性が良いように思えます。
第2楽章での瞑想的な雰囲気がやや希薄だったかな、とも思われたのですが、全体的には楽しめる演奏でありました。これで、オルガン席からの鑑賞でなければ、もっとピアノ独奏がクリアに聞こえたはずなのに、というもどかしさを抱えながらではあったのですが。
なお、角野さんによるアンコールでのソロ演奏が、なんとも素敵でありました(演奏前に曲目紹介をされていましたが、声がよく聞こえず、題名は解りません)。スウィングさせながらのジャジーな雰囲気が満載な作品で、実にオシャレな演奏だった。角野さんの美質が全開だったと言えましょう。
トーク番組で余興のような形で聴いたのも、本日のアンコールで採り上げられた作品と似た性格を持ったものだったように記憶しています。角野さんの、お得意のジャンルなのでしょう。

続きましては、メインの≪アルプス交響曲≫について。
大熱演でした。飯森さんの、この曲への深い愛情が注ぎ込まれた演奏だったとも言えそう。聴きながら、「あ~、なんと素晴らしい曲なのだろう」と、何度となく心の中で呟いたものでした。
テンポは曲想に応じて自在に変化するなど、音楽を大きく伸縮させていたのですが、その息遣いは頗る自然。まずは、そのアゴーギクの妙に感心させられました。
しかも、ダイナミックにして、アグレッシブな音楽が奏で上げられてゆく。誠に輝かしく、かつ、逞しさを湛えた演奏でもあった。そのうえで、R・シュトラウスの作品ならではの、ゴージャスな音響に身を委ねることができた。この作品に特有な、音によるパノラマを見渡してゆくという感慨も、存分に味わうことができた。
それでいて、音楽が空転するようなことは皆無。じっくりと地に足を着けた演奏ぶりであり、作品が本来的に備えている生命力や表情やと言ったもの的確に表出してゆく、といった演奏になっていたのであります。
そのような飯森さんの音楽づくりに対して、オケが献身的に応えてゆく。ところどころでソロに綻びが出てしまう、といった箇所もありはしましたが、この難曲を相手にした場合は、ある程度仕方のないところだと言えましょう。それよりも、アンサンブルが精緻であった点や、パワーが漲っていた点や、響きに輝かしさが備わっていた点や、といったところに大いに感心させられた。ここまで見事なオーケストラ演奏に出会えるとは予想できていなかった、というのが正直なところであります。
いやはや、聴き応え十分な、そして、作品の魅力を堪能することのできた、素晴らしい≪アルプス交響曲≫でありました。
このような見事な≪アルプス交響曲≫を可能とした、飯森さんと、日本センチュリー響、パシフィックフィルハーモニア東京との結びつきは、今後、大きな実りをもたらしてくれるのではないだろうか。そのような思いを抱かせてくれた演奏でもありました。

ちなみに、本日と全く同じ演奏者と演目で、明日(6/11)、東京公演がサントリーホールで開かれます。東京公演も、きっと、充実度の高いものとなることでしょう。