イブラギモヴァのヴァイオリン・リサイタルを聴いて
昨日(9/10)は、兵庫県立芸術文化センターで開かれたイブラギモヴァによる無伴奏ヴァイオリン・リサイタルを聴いてきました。演目は、下記の4曲であります。
●ビーバー ≪ロザリオのソナタ≫よりパッサカリア
●バッハ 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番
●イザーイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番
●バルトーク 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ
イブラギモヴァは、1985年にロシアに生まれたヴァイオリニスト。今年37歳になる、中堅に差し掛かった演奏家、ということになります。1996年に一家でイギリスに転居し、現在はロンドンを拠点に活動しているようで、2015年BBCプロムスでバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータの全曲演奏を行ったことが話題を呼んだそうです。
バロック音楽から委嘱新作まで、ピリオド楽器とモダン楽器の両方で演奏するという彼女。今回のプログラムも、バロック期の作品と、近代の作品とが組み合わされているのが、「らしい」ところだと言えましょう。もっと詳しく見ていくと、4作の演奏順は、作曲された時期が時代を下ってゆくように構成されているところも心憎い。無伴奏ヴァイオリンのための作品の変遷を、時代の流れとともに眺めてゆくように構成されている訳であります。
イブラギモヴァの実演は、今回が初めて。音盤でも、これまでに接していなかったはずでしたので、前夜に、NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリー)でベートーヴェンの≪クロイツェル≫を聴いて、何となくの特徴を頭に入れて、演奏会に臨んだものでした。これは、2009-10年にロンドンのウィグモア・ホールで開かれたベートーヴェンのヴァイオリンソナタ全曲演奏会の模様をライヴ録音して制作された全集に組み込まれている演奏でもあります。
さて、この日のリサイタルを聴いての印象、それは、音色の美しさ、響きの豊かさ、テクニックの確かさ、といった要素を備えているヴァイオリニストだということ。それらの美質をベースにしながら、表情の豊かな音楽を奏で上げてゆく。
しかも、基本的には、ロマンティックな志向が強いヴァイオリニストだと思えたものでした。それゆえに、バッハでは、あまり峻厳な音楽にはなっていなかった。そのような中、シャコンヌでの真ん中辺りで現れる平穏な世界に入る直前でのアルペジオによる激流の凄まじさが、なんとも印象的でありました。
また、旺盛な表現意欲に圧倒されたものでした。しかも、楽器がたっぷりと鳴っているのが、誠に心地よい。響きにふくよかさが備わっているのです。そのようなこともあって、音楽を荒々しく奏でても、美感を損ねるようなことはない。このことは特に、後半の2作品において顕著に感じられたものでした。
しかしながら、決して力演タイプではないと思えます。と言いますか、力で押すタイプの演奏ではなかった。静と動のコントラストを明瞭に付けようという意志の強さのようなものが感じられたのでありました。そのことがまた、表現意欲の旺盛さに結びついていたとも言えましょう。そのような方向性から見ると、知性派のヴァイオリニストだと看做すことができるのではないでしょうか。
その一方で、弱音による静謐な雰囲気に包まれた際に、音楽がひ弱になるような印象も持つこともありました。このことは特に、バッハにおいて、しばしば感じられたものです。しかしながら、後半では、その傾向は薄まったように思えます。特に、バルトークの第3楽章では、弱音の中に強い緊張感を備えている音楽が現れていました。
イブラギモヴァ、素晴らしいヴァイオリニストでありますね。これからの更なる成熟が楽しみであります。
ちなみに、アンコールは無し。一人で弾きっぱなしのソロリサイタルだったため、かなり疲れる演奏会となっていたはずです。アンコール無しも納得でありました。