ミトロプーロス&ニューヨーク・フィルによるショスタコーヴィチの交響曲第5番を聴いて

ミトロプーロス&ニューヨーク・フィルによるショスタコーヴィチの交響曲第5番(1952年録音)を聴いてみました。

なんとも鮮烈な演奏が繰り広げられています。
しかも、極めて激情的でありつつ、巧緻な演奏であるために、フォルムが崩れるようなことは微塵もなく、整然とした音楽が鳴り響いているのは、驚嘆ものであります。
総じて、頗るクリアな演奏となっている。不純物を一切含んでいない演奏だとも言いたい。そのうえで、切れば血が噴き出すような、ヴィヴィッドな演奏が展開されている。
更には、真摯でシリアスでもある。彫琢が深くもある。凝縮度が高くもある。
更に加えて、推進力が途轍もなく強い。とりわけ、第1楽章の中間部での行進曲風な音楽が響き渡る直前などは、驀進という表現がピッタリなほどに力強く突き進んでゆく。その分、頗る切迫感が高くもある。同じことが、最終楽章の中間部で音楽が沈静化する手前の箇所においても当てはまる。
その一方で、第1楽章の第2楽章などでは、清冽な音楽が鳴り響いている。切々と奏で上げられていて、頗る哀愁に満ちた表情をしてもいる。そのことは、第3楽章においても当てはまろう。ここでも、哀切感に溢れた音楽が奏で上げられることとなっている。なお、この2ヶ所に限らず、全編を通じて、随所で冴え冴えとした雰囲気を湛えた音楽が鳴り響いている。そう、全曲を通じて、頗る熱量の大きな演奏でありながらも、澄み切った空気に包まれた演奏が繰り広げられているのであります。

多彩な性格を内包している、見事な演奏。そして、真実味に満ちている演奏。
ミトロプーロスの類稀なる才能がクッキリと刻まれている、惚れ惚れするほどに素晴らしい演奏であります。

なお、モノラル録音でありながら、音像がクッキリとしていて、鮮明な音質となっており、この演奏を楽しむのに何らの支障もないのは、嬉しい限りであります。