山下一史さん&大阪交響楽団による演奏会(ブラームスの≪ドイツ・レクイエム≫)を聴いて

今日は、山下一史さん&大阪交響楽団による演奏会を聴いてきました。演目は、ブラームスの≪ドイツ・レクイエム≫の1曲のみ。
独唱は、石橋栄実さん(ソプラノ)と甲斐栄次郎さん(バリトン)でありました。
山下さん&大阪響による演奏会を聴くのは今回が6回目になりますが、これまでの5回は、全て聴き応え十分な素晴らしい演奏を繰り広げてくれています。それだけに、本日もまた、きっと充実した演奏を聞かせてくれることだろうと、大きな期待を寄せていたものでした。
≪ドイツ・レクイエム≫は、3ヶ月前に尾高さん&大阪フィルのコンビが、ケレン味がなくて真摯で、かつ、決然とした演奏を繰り広げ、大きな感銘を受けただけに、そこでの演奏との比較も、とても楽しみ。
(なお、来年3月には、高関健さん&関西フィルのコンビが同曲を採り上げることとなってもいます。)
更には、2人の独唱者にも注目。
ソプラノ独唱の石橋さんは、つい2週間前の関西フィルの定期演奏会で演奏された邦人作品でも聴いており、そこでは、心に沁み入る清浄な歌いぶりにうっとりとさせられたものでした。本日も素敵な歌を聞かせてくれることだろうと、楽しみでありました。
またバリトンの甲斐栄次郎さんは、2000年代にウィーン国立劇場の専属ソリスト歌手として活躍するとともに、東京の新国立劇場にも何度か登場してくれ、そのうち、私は、2011年と14年に≪蝶々夫人≫のシャープレスを聴いたものでした。それから10年以上が経過しての、久しぶりの甲斐さん。本日は、どのような歌を聞かせてくれることだろうかと、こちらにも胸をときめかしていました。
それでは、本日の演奏会をどのように聴いたのかについて、書いてゆくことに致します。

期待通りの、充実度の高い演奏でありました。ケレン味がなくて、清澄な演奏だったとも言いたい。
なお、≪ドイツ・レクイエム≫は、山下さんの前任の大阪響の音楽監督で、このオケを鍛え上げていった外山雄三さんにゆかりの深い作品だそうです。と言いますのも。
これは、プログラム冊子に掲載されていた山下さんによる一文と、山下さんによるプレトークの双方で紹介された話しになります。
2023年7月に外山さんが亡くなられた際、山下さんは八ケ岳にある外山さんのご自宅に弔問にお伺いされたとのこと。そこで、奥様のご案内で外山さんの書斎のデスクを見させてもらうと、≪ドイツ・レクイエム≫のスコアが置かれていて、最終曲となる第7曲目のページが開かれていたそうです。すなわち、外山さんが生前最後にご覧になっていたのが、そのページだったことになる。そのようなこともあり、大阪響のシェフという立場での山下さんにとっては、誠に意義深い作品になっているとのことでした。
そのような外山さんへの「忘れがたい思い出」といったものも籠められていたのでしょうか、厳かにして敬虔な雰囲気に包まれた演奏となってもいました。
とは言うものの、変にかしこまったところは感じられなかった。聴き手に過度に緊張を強いるような演奏でもなかった。それよりも、暖かさの滲み出ている音楽が鳴り響いていたのであります。凝縮度が高い、というよりも、まろやかさを感じさせてくれる音楽づくりでもあった。この辺りは、山下さんの人間性の現れでもあるのでしょう。
それでいて、音楽が曖昧に響いたりすることはない。骨格のシッカリとした音楽が奏で上げられていた。
更には、変に粘ったりするようなことの全くない演奏でありました。演奏時間は、楽章間のインターバルも含めて、ちょうど70分ほどでありました。このことが示しているように、やや速めのテンポを基本としていた。そのこともあり、テキパキと進められてゆくことが多い。とは言え、音楽が上滑りするようなことはない。先ほども書いたように、骨格がシッカリとしていて、まろやかな中にも充分なる力感を備えていて、かつ、充実度の高い音楽が鳴り響いていた。
しかも、これは第4曲目において顕著だったのですが、音楽がしなやかに奏で上げられていった。その様は、優美なものでもあった。
また、この作品で最もドラマティックな箇所だと言えそうな第6曲目の真ん中辺りは、「怒りの日」に相当する訳でありますが、過度にいきり立つような素振りを見せることは微塵もなかった。節度を持って演奏されていたのであります。とは言うものの、充分に躍動的であり、逞しくもあった。また、その後のフーガも、誇張のない音楽づくりでありつつも、必要十分に壮麗だった。本日の演奏の中で、最も「山下さんらしさ」が感じられたのが、第4曲目と第6曲目でありました。
そして、最終曲の第7曲目は、静穏な音楽が鳴り響いていった。そこには、外山さんへの哀惜の念、といったものも含まれていたのでしょうか。そして、暖かさという点では、第1曲目と第7曲目での演奏が双璧を成していたと言いたい。
独唱陣では、バリトンの甲斐さんが圧倒的に素晴らしかった。朗々としていて、かつ、押し出しの強い歌いぶりでありました。それでいて、押し付けがましさは皆無。むしろ、伸びやかさが感じられた。しかも、浮ついたところも全くない。ドッシリと構えた歌が展開されていった。彫琢の深い歌唱だったとも言いたい。更には、声には艷やかさが備わっていて、1969年生まれということで57歳になられたようですが、声の衰えは全く感じられなかった。
甲斐さんの実力が、遺憾なく発揮された歌唱。そんなふうに言えましょうか。
いやはや、なんとも見事な歌でありました。
一方のソプラノの石橋さんは、期待外れでありました。と言いますのも、音程に不安定さを感じられたのであります。清澄さや、ピュアな美しさを際立たせようとしていたのでしょう、ヴィブラートを抑え気味にしながらの歌唱であったことが、その感を強くすることとなってもいた。
とは言うものの、石橋さんならではの澄明さは充分に出ていました。それは、穢れのない歌いぶりだったとも言えそう。山下さんによる音楽づくりが、ケレン味がなくて、清澄なものであっただけに、その音楽世界に相応しい歌いぶりだったとも思えた。それだけに、音程が不安定に感じられたのが、余計に残念でなりませんでした。
尾高さん&大阪フィルによる演奏が凝縮度の高さを感じさせられるものだったのに対して、本日の演奏は、暖かみや膨らみの感じられる演奏でありました。どちらも、聴き応え十分で、異なる魅力を宿している。甲乙つけがたい演奏だったと言いたい。





