ツィマーマンによるピアノリサイタル(12/9,西宮公演)を聴いて

今日は、兵庫県立芸術文化センターでツィマーマンによるピアノ・リサイタルを聴いてきました。演目は下記の通り。
●ショパン ≪夜想曲≫ 第2番op.9-2、第5番op.15-2、第16番op.55-2、第18番op.62-2
●ショパン ピアノソナタ第2番≪葬送≫
~休憩~
●ドビュッシー ≪版画≫
●シマノフスキ ≪ポーランド民謡の主題による変奏曲≫

ツィマーマンの実演に接するのは、ちょうど2年前に同じく兵庫県立芸術文化センターで聴いて以来で、これが4回目でしょうか。全てソロ・リサイタルになります。

繊細にして雄弁で、知的でもある音楽を奏でるツィマーマンは、私にとっては、現役のピアニストの中で内田光子さんと並んで最も高い信頼を置いている存在であります。
ツィマーマンにとって自国の作曲家となるショパンとシマノフスキを、前半とラストに持ってきている今回のプログラム。今日もきっと、素晴らしい演奏が繰り広げられることだろうと、期待に胸を膨らませながら会場に向かったものでした。

それでは、本日の演奏をどのように聴いたのかについて書いてゆくことにしましょう。まずは、前半に演奏されたショパンの2曲から。
意外なことに、ノクターンもソナタも楽譜を見ながらの演奏。譜めくりストを付けずに、ツィマーマン本人が譜めくりをしていました。
それにしましても、ツィマーマンはショパンのノクターンを、ほとんど録音していなかったのではないだろうか。ツィマーマンが弾くノクターンを聴いていて、ふとそのようなことに思いを巡らせました。と言いますのも、なんとも個性的なノクターンに思えましたので。
ショパンのノクターンに特有と言えそうな「たおやかな」性格は薄かった。それよりももっと、毅然としていた。そのうえで、表情が千変万化する(この辺りは、いかにもノクターンらしい)。ときに頗る強靭でもある。
実にユニークな、しかも、魅力的なノクターンでありました。
そこへいきますと、≪葬送ソナタ≫のほうは、ツィマーマンの特質に適った作品であり、ツィマーマンらしさが良く現れていたように思えたものでした。強靭でありながら、過度に奔放にならずに理知的で、奥行きの深い演奏が展開されていた。テクニックの切れも、存分に発揮されていた。とりわけ、第1楽章では、音楽が渦を巻いていて、しかも、ときに思索的でと、圧倒的な演奏が繰り広げられていました。

そのようなショパンが演奏されて、休憩を挟んで弾かれた後半の2曲は、前半のショパン以上に感銘を受けました。とりわけ、ドビュッシーに。
ドビュッシーでは、音楽に柔らかみが加わっていた。更に言えば、ショパンのノクターンで欲しかった「たおやかさ」が、ここからは感じられた。
ノクターンでは、もっと直線的と言いますか、脇目も降らずと言いますか、そのような足取りで音楽を進めていたように感じられた。であるがゆえに、毅然とした性格が立っていた。そこゆくと、ドビュッシーでは、音楽が明滅していた。しなやかでもあった。繊細さが立ってもいた。実に精妙でもありました。
それでいて、第2曲目や第3曲目では、必要に応じて強靭な音楽が奏で上げられていた。第3曲目の最後などは、ヴィルトゥオジティの高さも相まって、目の眩むような輝かしさが備わっていた。
そんなこんなを、矛盾なく示していたツィマーマン。感受性の高さ、音楽性の高さが、クッキリと現れていたドビュッシーだったと言いたい。
本日のリサイタルは、このドビュッシーが白眉であったと思えます。
一方のシマノフスキも、ドビュッシーに肉薄する素晴らしさ。かなり高度なテクニックが要求されている作品のようで、ヴィルトゥオジティの高さの発揮という点ではドビュッシー以上だったかもしれません。
しかも、実に強靭な音楽が鳴り響いていた。腰を浮かせながら、全体重を鍵盤に掛けてゆくような弾き方も、何ヵ所かで見受けられた。
それでいて、音が汚くなるようなことはない。響きも、音楽のフォルムも、美感をシッカリと保っていた。
第8変奏曲は葬送行進曲になっているのですが、そこでの暗澹たる情景や、苦しさにのたうち回るかのような凄絶さや、といったものも、余すところなく描き出されていた。
ドビュッシーに比べると、作品のポピュラリティーが低い分、ドビュッシーのほうにより大きく惹かれたのですが、切れ目なく演奏される作品(演奏時間は20分少々だったでしょうか)を、飽きることなく味わうことができました。
(実を言いますと、ショパンの≪葬送≫の第2楽章の中間部では、少し退屈してしまったのですが、シマノフスキではそのようなことは微塵もなかった。)
しかも、ツィマーマンの、自国の作曲家への敬愛の情のようなものも滲み出ていた演奏だったと言いたい。一般的には、あまり演奏されることのない作品だと言えましょうが、完全に手の内に収められている、という印象を強く持ちました。
(ちなみに、後半のドビュッシーもシマノフスキも、楽譜を見ながらの演奏。)
アンコールは、ラフマニノフを2曲。こちらでも、精妙な演奏に魅了されました。

頻繁に来日してくれて、その妙技を披露してくれているツィマーマン。実に有難いことであります。
次回は、いつ来日して、どのようなプログラムを組んでくれることでしょうか。そのときが訪れるのが楽しみであります。