鈴木優人さん&関西フィルによる演奏会(10/20開催)を聴いて

昨日(10/20)は、鈴木優人さん&関西フィルによる演奏会を聴いてきました。今年の4月に関西フィルの首席客演指揮者に就任された鈴木優人さんにとって、これが就任記念披露演奏会になります。
演目は、下記の3曲。
●ラモー ≪優雅なインドの国々≫組曲(鈴木優人さん編曲)
●ストラヴィンスキー ≪プルチネルラ≫全曲
(ソプラノ独唱:森麻季さん、テノール独唱:鈴木准さん、バリトン独唱: 加耒徹さん)
●ブラームス 交響曲第1番

鈴木さんが初めて関西フィルの指揮台に立ったのは、2019年6月とのこと。それ以来、計3回の共演を経て、首席客演指揮者に就かれたようです。比較的共演回数が少ない中で就任の要請が出されたということは、よほど、お互い惹かれ合うものがあったのでしょう。
さて、この日の演奏会の聞き物、それは、ストラヴィンスキーとブラームスなのではないでしょうか。鈴木さんが、バロック期の作品を素材に採った近代音楽と、ロマン派の作品で、どのような演奏を聴かせてくれるのだろうか、という興味が湧いてきます。また、≪プルチネルラ≫の全曲版を実演で接することができるのも、貴重な機会。

これまでの鈴木さんによる実演は、シューベルトの≪ザ・グレート≫、プロコフィエフの≪古典≫、ストラヴィンスキーの≪弦楽のための協奏曲≫、ラフマニノフの交響曲第2番、といったロマン派以降の作品も聴いてきました。これらの作品では、音楽が織り成すコントラストに強い関心が示されてきたように思えます。そして、ケレン味のない演奏を聴かせてくれていた。
しかしながら、例えばラフマニノフにおいては、狂おしいほどのロマンティシズムが内側から噴き出してくる、といった音楽にはなっていなかったように思えた。
そのような、これまでに体験してきた実演と照らし合わせつつ、この日はどのような音楽を聞かせてくれることだろうと、思いを巡らせていました。一抹の不安も抱えながらも、先日のBCJとのヘンデルの≪ジュリオ・チェーザレ≫があまりに見事だっただけに、期待を寄せながら会場に向かったものでした。

演奏会を聴き終えての感慨、それは、素晴らしい音楽に巡り会えたという歓びでありました。
それでは、それぞれの演目について、もう少し詳しく触れていくことにしましょう。まずは、前半の2曲から。
2曲ともに、実に楽しい演奏でありました。それは、この2つの作品が元来備えている愉悦性に依るところが大きいと言えましょうが、鈴木さんの歯切れが良くて溌溂とした音楽づくりが、そこに輪をかけて楽しさを増してくれていた。そんなふうに思えたものでした。そして、頗るオシャレでもあった。
ラモーの作品では、古楽に精通されている鈴木さんの面目躍如たる音楽が奏で上げられていたと言えましょう。キチっとした音楽づくりの中に、しなやかさが備わっていた。音楽が存分に弾んでいた。暖かみが感じられもした。そして何よりも、典雅でギャラントな雰囲気に溢れていた。
私個人としましては、関西フィルは、響きが明るくて、艶やかで煌びやかな点に特色があるように捉えていますが、ラモーの出だしから、そのような特徴が明瞭に刻印されたようにも思えたものでした。
ちなみに鈴木さんは、このラモーのみ、チェンバロを(ラモーの作品ですので、クラヴサンと表記する方が相応しいのでしょうが)弾きながらの指揮でありました。演奏の半分ほどはチェンバロを弾かずに素手で指揮をされていた。
なお、弦楽器のプルトの数は4-3-2-1.5-1。ラモーの時代の音楽を奏でるには、ちょっと人数が多かったかもしれません。しかも、モダン楽器を使用しているので、その分だけ音量も大きくなるでしょう。また、鈴木さんが編曲されてということで、この時代にはまだ使われることのなかったクラリネットも編成に含まれていた。その結果として、チェンバロの音が聞こえづらかった(掻き消されがちだった)という嫌いはあったものの、豊饒な音楽になっていたようにも思えます。
続く≪プルチネルラ≫でも、あちこちで音楽が弾んでいました。全編を通じて、暖色系の演奏が展開されていたとも言えそう。それは、鈴木さんの志向であり、関西フィルの体質でもあるのではないでしょうか。
そして、とても瀟洒であった。ウィットに満ちてもいた。鈴木さん、とても真面目で律儀で誠実な性格をされているのだろうと感じていますが、そのうえで、機知にも富んでいるように思えます。それは、豊かな音楽性とともに、音楽への「真っ直ぐな愛情」といったものが反映された結果なのかもしれません。それはまた、鈴木さんの美質でもありましょう。ここでは、そのような美質が最大限に生かされていたように思えたものでした。
更に言えば、この作品の場合、「瀟洒」と「ウィット」という性格は、生命線であるように思えます。それだけに、作品の魅力を存分に味わうことのできる演奏でありました。
歌手陣の中では、声に張りがあって、伸びやかな歌を聞かせてくれたテノールの鈴木准さんに、ひときわ惹かれました。
前半の2曲は、鈴木さん向きの作品が並んでいたと言えましょう。そして、私を大いに満足させてくれる演奏が展開され、幸せな気分で休憩を迎えていました。はたして、メインのブラームスはどのような演奏になるだろうかとの思を抱きながら、休憩時間を過ごしたものでした。

そのブラームスでありますが、前半を上回る感銘を受けました。作品が宿している生命力を、十全に解き放してくれていた演奏だった。そんなふうに言えるのではないでしょうか。
弦楽器のプルト数は、6-5-4-3.5-3。ブラームスの交響曲を演奏するに当たっては、やや小ぶりな編成だと言えましょう。ホルンもアシを付けていませんでした。そのこともあって、重厚で荘重なブラームス演奏ではなかった。それは、第2楽章を除いた3つの楽章では速めのテンポが採られていたことにも起因しましょう。全体的にキビキビとしていて、溌剌とした演奏ぶりであった。
しかしながら、アゴーギクの変化が大きく、しかも、その変化が過剰であったり不自然であったり、といったことはなく、作品の流れは頗る流暢。そのうえで、音楽にロマンティックな感興が添えられてゆく。なおかつ、音楽がうねりながら突き進んでゆく。そのことで、音楽は決して小ぶりなものにはならずに、豊饒な音楽が掻き鳴らされていた。なんとも清廉で潔くて、かつ、ケレン味のない音楽が、掻き鳴らされていった。
更には、随所で情熱の迸りを見せてくれる。客観的で、颯爽としていて、その上ホットだったブラームス演奏。
その一方で、第2楽章は、ゆったりとしたテンポで、情緒連綿たる音楽を奏で上げていた。ロマンティックだったという点では、第2楽章が抜きん出ていたと言えましょう。
興味深かったのは、第1楽章の主題提示部をリピートしたこと。古楽に親しみ、原典を重んじる姿勢を大事にする鈴木さんのことですので、おそらくリピートするだろうと予想をしていたものの、実演では滅多にリピートされることはないため、いかにも鈴木さんらしい処置だと思えてなりません。このリピートによって、作品に古典的な佇まいが与えられたように思えたものでした。しかも、リピートした後は、1回と比較すると、燃焼度が一層高くなったように感じられた。1回目と2回目でこのような変化が生じることは、ロマン派の場合は特に、とても自然なことなのではないでしょうか。
また、これも鈴木さんならではの対処だと言えましょうが、弦楽器の配置について。演奏会を通じて全て対向配置が採られていたのですが、ブラームスの1番では、その効果が最も出ていたように思えたものでした。すなわち、1st.Vnと2nd.Vnの掛け合いが明瞭に聞こえてくる。2つのパートが織り成す綾が、クッキリと見えてくる。その結果として、彫琢が深くなる。対向配置による成果を、痛切に感じることのできた演奏でありました。
更には、鈴木さんの楽譜への配慮として、音価を大事にするという姿勢も見られた点が、とても嬉しかった。そのことが私の耳を捉えたのは、第1楽章の再現部が終わろうとしているところ。444小節目の頭は、1st.Vnも2nd.Vnも四分音符で書かれています。この音は、得てして短く弾き飛ばされがちになりましょうが、しっかりと四分音符の音価が確保されていた(主題提示部での同様な動きでも、音価をしっかりと確保されていたのでしょうが、そちらでは気が付きませんでした)。そこに私は、演奏者の強い意志を感じた。そして、音楽が一瞬、光り輝いたように感じられた。作曲家は、考えに考えた末、音価の判断を下しているはずです。その音価を大事にすることは、とても尊いことだと思っております。
ところで、最後の最後で、大きな事故が起きてしまいました。最終楽章のコーダに入ってしばらくして、コラールが現れた箇所(407小節目から)で、鈴木さん、感極まったのでしょう、大きなタメが作られた。それはリハーサルにはなかったものと思え、410小節目の2拍目で(2分の2拍子で勘定した際の2拍目)オケは大きくズレたのであります。(その後しばらく、鈴木さんはバツの悪そうな表情をされていたように見えました。素知らぬ顔をすれば良いものを、表情に現れたところに、鈴木さんの真面目な性格を垣間見た瞬間でもありました。)
このような瑕疵は、本来は褒められたものではありませんが、演奏の興奮度が反映された事故だと言えそうで、これはこれで「良し」なのではないでしょうか。実際のところ、音楽は熱く、高らかに、そして、豊かに鳴り響いていたのですから。
いずれにしましても、全曲を通じて作品の鼓動をシッカリと感じることのできた、素晴らしい演奏でありました。そして、前半の2曲以上の幸福感を味わえた演奏でありました。

アンコールは、ラモーの≪優雅なインドの国々≫から1曲。鈴木さんはここで、演奏に合わせて、客席からの手拍子を求めたりもされた。
これがまた、実に愉悦感に溢れていて、この幸福感に満ちた演奏会を更に盛り上げてくれるものになりました。そして、就任披露という華やかな演奏会に花を添えるものとなったようにも思えたものでした。

それにしましても、鈴木さん、素晴らしい指揮者ですね。モダンオーケストラでの演奏でも、益々の活躍が期待できそうです。