ミヒャエル・ザンデルリンク&兵庫芸術文化センター管による演奏会(ベートーヴェンの交響曲第7番 他)の初日を聴いて

今日は、ミヒャエル・ザンデルリンク&兵庫芸術文化センター管(略称:PACオケ)による演奏会を聴いてきました。演目は、下記の3曲。
●ウェーバー ≪オイリアンテ≫序曲
●ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番(独奏:ソフィア・リュウ)
●ベートーヴェン 交響曲第7番

ドイツ生まれの名指揮者クルト・ザンデルリンク(1912-2011)を父親に持つ、ミヒャエル。1967年生まれということで、現在59歳になりますが、異母兄でありますトーマス(1942年生まれ)とシュテファン(1964年生まれ)も、指揮者の道を歩んでいます。
長兄のトーマスは、一昨年、大阪響とのハイドンの≪驚愕≫とブルックナーの交響曲第7番を聴いており、ハイドンでは誠実さと、配慮の細やかさと、温かみの滲み出るような音楽を、ブルックナーでは清澄で、かつ、ケレン味がなくて率直で、しかも、適度な推進力を備えた音楽を奏で上げてくれて、大きな感銘を受けたものでした。
本日の指揮者でありますミヒャエルを聴くのは初めてになりますが、一度、ニアミスをしています。と言いますのも。
2022年の10月に、PACオケを指揮することになっていたところ、コロナ陽性の判定が出て、来日できなくなったのでありました。その演奏会は、アルミンクが代役で指揮することとなった。なお、その時のプログラムも、メインにはベートーヴェンの交響曲第7番が据えられていました。
4年越しに聴くことができることになったミヒャエル・ザンデルリンク。初めて演奏を聴く指揮者でもあり、はたして、どのような演奏を繰り広げてくれるのだろうかと、とても楽しみなところでありました。
ソリストのソフィア・リュウは、2008年に上海で生まれ、2歳から7歳までを神戸で過ごしたのちにカナダへ移り、現在はモントリオールに暮らしているようです。ピアノを始めたのは、神戸時代だそうです。まだ10代ではありますが、既に世界各地で演奏しており、昨年の9月にはN響と初共演して、サン=サーンスのピアノ協奏曲第2番を演奏したようです。本日は、幼少期を過ごした兵庫に戻ってきての演奏、ということになります。
こちらも、初めて聴くこととなるピアニスト。どのような演奏を聞かせてくれるのか、楽しみでありました。

なお、ホール前の木々の葉っぱが、黄色や赤に色づき始めていました。秋の入口に差し掛かっているのだな、ということを痛感しながら、ホールの中へと入ったものでした。

それでは、本日の演奏会をどのように聴いたのかについて、書いてゆくことに致します。

前半の2曲からとなります。
まずもって、対向配置が採られていたのに、驚かされました。2021年-2022年シーズン以降、PACオケの演奏会はほぼ全て聴いてきています(いくつか、聴けていない演奏会はある)が、私が聴いた演奏会で対向配置が採られたのは、おそらく初めてなのではないでしょうか。また、弦楽器のプルトの数は、全3曲を通じて6-5-4-3-2.5。やや小ぶりな編成となっていたのも、特徴的でありました。
さて、≪オイリアンテ≫での演奏ですが、なるほど、勢いのある演奏でありました。しかしながら、溌剌としているというよりも、コセコセとしていた、といった印象が強い。アクセントだかスフォルツァンドだかは、音を叩きつけるように鳴らされて、響きが硬かったところにも、不満を抱いた。
そう、音楽づくりにおいても響きにおいても、潤いや、まろやかさや、といったものが不足していたように思えてならなかったのであります。
その結果として、ウェーバーの音楽が持っている優美さや、晴朗さや、伸びやかさや、といったものが希薄になっていた。
また、中間部での、ヴァイオリン奏者の人数をバッサリと減らした箇所では、音があまりに薄くなり、儚さが極端で、生気を失ったかのような音楽になっていた。
全編を通じて、「私の知っている≪オイリアンテ」序曲は、もっとチャーミングな曲なのになぁ」といった思いを抱き続けながらの鑑賞だった、というのが正直なところであります。
続くラフマニノフについてとなりますが、リュウの独奏は、バリバリと弾いてゆく、といったものではなかった。10代という若手で、しかも、ラフマニノフで、このような派手な素振りを見せない演奏を繰り広げるというのは、意外でありました。
そういった音楽づくりは、冒頭から顕著。最後に着地する音を除くと、最後の3つの音は、さすがに強靭さを伴った弾き方になってはいましたが、その手前までは、肩の力を抜いて弾いていて、柔らかみを帯びたものとなっていた。この冒頭部分で、リュウの方向性が明確に示された、と言えそう。
そうであるが故に、白眉は第2楽章だったと思われます。抒情性に富んでいて、繊細で、頗る美しい音楽が奏で上げられていった。この楽章に相応しいメランコリックな雰囲気にも不足はなかった。
これは第2楽章での演奏に限った話ではありませんが、打鍵がクリアで、音の粒立ちがクッキリとしている。であるからこそ、第2楽章の美しさが際立ったのだ、とも言いたい。
更には、第3楽章において顕著だったように、反応が機敏でもある。
その一方で、この作品が備えている雄大さの表出、といったところは今一つだったように思われました。こじんまりと纏まっていた、と言うのとは少し違うのですが、それでも、纏まりが良すぎたように思われた。この辺りは、今後の課題でありましょうか。
そんなリュウをサポートしていたミヒャエルですが、≪オイリアンテ≫で抱いた不満、響きが硬くなったり、音に潤いが不足したり、といったことは、こちらでは感じられなかった。それは、ピアノが冒頭で和音を鳴らしていって、その後にオケによって提示される主題の奏で上げ方からして、明確でした。粘り気を持った音楽が、大河の流れのようにして鳴らされていったのであります。
それ以降も、全曲を通じて、ロマンティックな感興が十分だった。リュウに不足していた雄大さを、こちらで補っていた、といった風でもあった。その象徴は、最終楽章でのカデンツァの後の強奏、この作品のクライマックスが築かれる箇所でありましょう。ここでは、ピアノの音を掻き消しながら、オケによって雄大な音楽が鳴り響いていったのであります。
立派なオーケストラ演奏でありました。
ソリストアンコールは、グリュンフェルト(1852-1924)による≪ウィーンの夜会≫。
グリュンフェルトは、同世代だったヨハン・シュトラウス2世のワルツをモチーフにしたピアノ独奏用の演奏会用パラフレーズ(様々な旋律を接続させながら演奏されてゆくスタイル)で名を馳せたピアニスト兼作曲家。この≪ウィーンの夜会≫は、オペレッタの≪こうもり≫の中で奏で上げられるワルツをメインとしながら、他のワルツも採り入れられています。
その演奏はと言えば、とても煌びやかで華やかなものとなっていました。愉悦感に溢れてもいた。そのために、聴いていて身体を揺らしたくなってきた。
その一方で、3拍子の取り方がいびつになる(それは、ウィーン風にリズムを崩してゆく、といったものとは異なるところで)こともあったのには、少し居心地の悪さを感じたものでした。
とは言いながらも、聴いていて充分にウキウキさせられる、素敵なアンコールでありました。

さて、ここからは、メインのベートーヴェンについて。
なんとも小賢しい演奏でありました。そして、共感を抱くことのできない演奏だった。
なぜ、対向配置を採っていたのか、そして、≪オイリアンテ≫での演奏で、アクセントもしくはスフォルツァンドを叩きつけるように鳴らしていたのか、理解できました。ミヒャエルは、ピリオド奏法を全面的に採り入れた演奏を志向する指揮者だったのであります。
弦楽器は、原則、ヴィブラートなし。中には、コソコソと(或いは、もう、習性になっているのでしょうが)ヴィブラートを掛けている奏者もいましたが、トータルで見ればノン・ヴィブラート。
そのこと自体は、決して否定するものではありません。潤いに欠けてしまう、或いは、艷やかさが不足しがちになることは致し方ありませんが、清新な響きを獲得することが容易である。実際のところ、清新な響きがしていた。
但し、これは、指揮者からの要求の結果なのでしょうが、硬めの音が随所で鳴っていたのは、美観を損ねることとなっていました。似たことがティンパニとトランペットにも当てはまる。ミヒャエルは、この両者を舞台の右端(上手側)に固めて配置し、タッグを組ませるようにして演奏させ、その束になって客席へと放たれる音は、攻撃的と言いますか、強音で猛々しいものであることを求めていた。これは、ピリオド系の指揮者による常套的な手法だと言えましょう。このことが、音楽の隈取りを鮮やかにすることも多々あります。しかしながら、本日の演奏は、無節操と言うか、デリカシーのない音が、騒音のようにして響いてくる、もっと言えば、音楽を破壊するかのようにして響いてくる、といった様相を呈していた。私には、そのように思えてなりませんでした。何度も書いてきたように、潤いからは程遠い響きでもあった。
まずもって、そういった音響面での、私の趣味からの乖離が激しかったのですが、音楽づくりにおいても、疑問が数多くあった。
冒頭の和音の鳴らし方からして、違和感を覚えた。スピード感のある弾き方で、音を上方に放り投げるような音が鳴り響いていたのであります。しかも、硬質な響きを伴って。それは、拡がりのない音でもあった。私はまず、ここで、ずっこけてしまったのであります。私が抱いている、この曲の出だしから、大きく乖離していた。
更には、これも序奏部でのことになりますが、ヴァイオリン群が16分音符で音階を上がってゆく箇所(10小節目屋12小節目)で極端に音量をセーブしていた。そのために、音像といったものが浮かび上がってこない。この手法は、この箇所のみならず、全曲において多用され、例えば第3楽章のトリオ部の特に後半部分(181小節目から)でも、管楽器が旋律を奏でる背後で鳴らされているヴァイオリンを極度に抑えていて、というよりも、死に絶えてゆくかのような音量で弾かれていて、その様は、まるで背後に死神が佇んでいるかのようだった。
これらは、≪オイリアンテ≫の中間部での演奏ぶりと、同根だと言えましょう。
こういった処理の他にも、音量の差異を故意に付けることがしばしば。その最たる例は、第3楽章のスケルツォ主題を導くためにフォルテで掻き鳴らされる2小節は、この動きが出てくるたびに必ず、1小節目よりも2小節目を強く鳴らしていた。それも、かなり露骨に、そして、執拗に。その様の、なんと鬱陶しかったこと。
また、最終楽章のコーダ部、頂点となる427小節目に向かって昂揚してゆく箇所で、1小節ごとに句読点を打って進んで行きながら、最後のだけは2小節の単位での塊りとして捉えていたりもした。その様の、恣意的だったこと夥しい。しかも、聴き手の空振りを誘う(すなわち、小節の頭にアクセントが来るのだという心づもりを見事に外してしまう)こととなっていた。なんだか、詐欺に遭ったように気分になりもした。本日のミヒャエルによる演奏に怒り心頭だったために、こういった仕打ちを受けると、このような思いを抱くこととなってしまう。
冒頭で「小賢しい」と書きましたのも、このような音楽づくりを頻発させていたからであります。
この辺りになると、ピリオド志向とは、掛け離れてきます。なるほど、ピリオド系の演奏家には、そういった方向性(つまり、歴史的な考証に基づいて導き出したアイディアなのだ、という姿勢)を示すことで、なんだか、まるで「免罪符」でも手に入れたかのように傍若無人に振る舞う、といった演奏家も多いように思われます。とは言うものの、それは、全てのピリオド系の演奏家に当てはまる訳ではありません。誠実な音楽を志向するピリオド系の演奏家も、実に多い。
しかしながら、ミヒャエルの場合は、アイディアに溺れ、傍若無人な振る舞いが目につく演奏ぶりだったと言いたい。しかも、その意図的な音楽づくりの大半は、なくもがななものだった思えてならなかった。もっと言えば、作品を破壊してゆくようなものだったと思えてならなかった。
なお、そういった音楽づくりにおいてのみならず、ワーグナーが「舞踏の権化」と評した、この作品の性格といったものも、十全な形で描き出されていたとは言い難かった。と言うよりも、ただ単に浮ついていただけで、生気を帯びた、逞しい音楽になっていたとは思えなかった。
長兄のトーマスとは、似ても似つかぬ演奏ぶり。兄弟であっても、こんなにも志向に違いが出てくるものかと、驚いた次第であります。
アンコールは、ブラームスの≪ハンガリー舞曲≫第5番。
こちらもまた、哀愁を帯びた表情を見せる箇所を必要以上に儚げに演奏して見せたり、テンポの差を必要以上に付けたり、大きなパウゼを恣意的に採り入れたりと、手練手管を尽くした演奏となっていた。その様に、辟易とさせられたものでした。
こうなると、ラフマニノフでのミヒャエルでの演奏は何だったのだろう、という疑問が湧いてきます。ドイツ音楽と、それ以外では、アプローチを変えてゆくのだろうか。そんな思いも浮かんできたものでした。