ギーレン&南西ドイツ放送響によるシューベルトの≪ザ・グレート≫を聴いて

ギーレン&南西ドイツ放送響によるシューベルトの≪ザ・グレート≫(1996年ライヴ)を聴いてみました。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリー)に収蔵されている音盤での鑑賞になります。
明晰な音楽づくりによって、颯爽とした演奏が展開されています。頗る手際の良い演奏だとも言えましょう。しかも、表情豊かに。
冒頭楽章の序奏部は、速いテンポで歯切れよく演奏されてゆく。抒情性を持たせるようなことはなく、テキパキと音楽は進められる。そのために、序奏部から主部に移行するに当たっては、テンポを速めることはない。演奏を開始したそのままのテンポで、主部へと突入する。その様は、とてもユニークなもの。
主部に入ってからも、粘り気を持たせるようなことはなく、淀みのない音楽が奏で上げられてゆく。そして、頗る克明でもある。とは言いつつも、時おり、不意を衝いてレガート奏法が繰り出されることによって、そのフレーズが強調されることになったりもするのだが。
それでは、殺風景な演奏になっていたり、事務的な演奏になっていたりするのかと言えば、さにあらず。強い推進力を孕んでいることによって、生命力豊かな音楽が鳴り響くこととなっている。しかも、それぞれのフレーズをコントラスト鮮やかに奏で上げながら、彫琢の深い音楽づくりが為されている。それ故に、誠にユニークな相貌をしていながらも、生き生きとした表情を湛えながら、この作品が奏で上げられてゆくこととなっている。
なお、第1楽章の終結部でも、他の多くの演奏で示されるようにテンポをガクンと落とすようなことはしない。ある種、素っ気なく、この楽章は閉じられる。
第2楽章も、速めのテンポを基調としながら、大半の箇所ではサラリと音楽を流してゆきながらも、時にテンポを落として音楽に翳りを作ったり、逆に猛烈にアッチェレランドを掛けながら緊迫感を持たせたりと、起伏が大きくて、変化に富んだ音楽が奏で上げられている。しかも、そういった音楽づくりが恣意的なものには感じられず、作品とともに呼吸しながら為されているのだ、という思いを抱かずにはおれない演奏となっている点に、驚きを覚える。
後半の2つ楽章においても、これまでに触れてきたことの多くが当てはまりましょう。頗る克明な演奏が展開されています。特に、最終楽章での演奏などは、とても分離の良いものとなっている。しかも、推進力の強い演奏ぶりが示されていつつ、彫琢が深くもある。もっとも、前半の2つの楽章での演奏ほどに、レガートを多用したり、テンポを大きく変化させたり、といったことは見られないのですが。
なるほど、この作品が本来的に備えていると言えそうな壮麗さについては、さほど感じられない演奏ではあります。
その一方で、極めて独自性の強い音楽づくりが施されていながらも、この作品の「キモ」を外していない演奏となっている。いや、この作品に新しい光を当てている演奏だと言ったほうが、適切でありましょう。
鬼才ギーレンの面目躍如たる≪ザ・グレート≫。そんなふうに言いたくなる演奏であります。






