東本願寺での「京都夜市」と、フリッチャイによるR・シュトラウスの≪ドン・ファン≫(RIAS響)と≪ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯≫(ベルリン・フィル)を聴いて

今日・明日の2日間、東本願寺で開催されている「京都夜市」に行ってきました。昨年の6月に第1回目が開催され、その後、2ヶ月に1回ほどの頻度で、東本願寺や京都市内のデパートやで開催されているようで、今回が第16回目とのこと。
今回のテーマは、百鬼夜行。妖怪好きの多い京都ならではの企画だと言えましょう。
露店の周りを多くの妖怪が闊歩していて、奇妙な空間に舞い込んだ、といった気分を味わうことができました。



さて、本日紹介する音楽は、フリッチャイによるR・シュトラウスの≪ドン・ファン≫(1952年録音)と≪ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯≫(1950年録音)。
前者はRIAS響を、後者はベルリン・フィルを指揮しての録音になります。
両曲ともに、フリッチャイならではの明晰な演奏が繰り広げられています。キリっと引き締まっていて、筋肉質で均斉の取れた姿が示されていつつも、推進力の豊かさが備わっている。生き生きとした「生命」が吹き出してくるような演奏だとも言いたい。更には、ケレン味がなくて、率直で真摯な音楽が鳴り響くこととなっている。
そのうえで、≪ティル≫での演奏のほうに、より一層の生命力の逞しさや、壮麗さが感じられます。とてもヴィヴィッドな音楽が奏で上げられている。ティルによる「愉快な悪戯」が鮮やかに描き出されてゆく。そして、音楽が弾けている。
そこへいきますと、≪ドン・ファン≫での演奏は、凝縮度や集中度の高さが感じられます。その分、シリアスな音楽となっていて、毅然とした表情が与えられることとなっている。そのように考えてみますと、確かに≪ティル≫もシリアスな演奏ぶりが示されている。であるからこそ、悪ふざけではない「愉快な悪戯」の姿が見えてくるような音楽となっているのだと言えそう。
しかも、両曲ともに、R・シュトラウスならではの絢爛たる輝きにも不足はない。
何と言いましょうか、フリッチャイらしい明晰さを湛えていながらも、その先に「奥行きの深さ」を備えているR・シュトラウス演奏。しかも、とてもピュアな形で。
そんなふうに言えそうな、見事で、かつ、味わい深い演奏であります。






