小林資典さん&神戸市室内管による演奏会(ヴォルフ=フェラーリの≪スザンナの秘密≫ 他)を聴いて

今日は、小林資典(もとのり)さん&神戸市室内管(略称:KCCO)による演奏会を聴いてきました。演目は、下記の2曲。
●ストラヴィンスキー ≪プルチネルラ≫組曲
●ヴォルフ=フェラーリ ≪スザンナの秘密≫
伯爵夫人スザンナ(ソプラノ):森谷真理さん
ジル伯爵(バリトン):大西宇宙さん
サンテ(黙役):いいむろなおきさん

KCCOによる演奏会は、2022年の4月以降、13回聴きに来ていますが、音楽監督の鈴木秀美さん以外が指揮するのを聴くのは初めて。と言いますのも、本日は、演目も出演者も頗る魅力的でありますので。
ヴォルフ=フェラーリが作曲した、滅多に上演される機会のない≪スザンナの秘密≫が演奏されるという、注目のコンサート。このオペラは、演奏時間は45分ほどの、ウィットに満ちたお洒落な1幕物の作品。本日はセミ・ステージ形式で上演されます。
このオペラでの登場人物は3人。そのうちの1人は黙役で、夫婦役となるソプラノとバリトンとの2人が歌唱を繰り広げるという、シンプルな造り。しかも、そのやり取りは、軽妙にして可笑しみに溢れている。そんな夫婦役を、森谷さんと大西さんが演じるという点にも心惹かれました。
ドラマティックな役をこなしつつ、リリックな味わいも十分に持っている森谷さん。昨年の秋に聴いた山下一史さん&大阪響によるヴェルディの≪レクイエム≫では、清潔感に溢れていて、かつ、凛とした歌唱を繰り広げてくれたものでした。一方、ここ最近の国内での注目度の高いオペラ上演で名を連ねることの多い、まさに八面六臂の活躍をされていると言えそうな大西さんのことです、本日もきっと、威勢が良くて、かつ、朗々たる歌を聞かせてくれることだろうと、大きな期待を寄せたものでした。
その前プロには≪プルチネルラ≫組曲が据えられているというのも、とても魅力的。もっとも、演奏時間との兼ね合いからすると、≪プルチネルラ≫は組曲ではなく全曲を演奏しても良かったのでは、とも思えたのですが。≪スザンナの秘密≫の上演のために、ソプラノとバリトンもいるため、あとはテノール歌手を呼べば、≪プルチネルラ≫全曲も可能でしたので。とは言うものの、こちらもまた、軽妙にしてウィットに溢れている音楽でありますので、≪スザンナの秘密≫の前に演奏するにはうってつけだと言えそう。

そんな2曲で、本日はどのような演奏が展開されることになるのだろうか。なお、指揮をする小林資典さんは、ドイツの歌劇場で初期のキャリアを築いていった、1974年生まれの指揮者。本日の演目は、この指揮者の特質がよく出るものとなっていることでありましょう。その辺りも含めて、とても楽しみでありました。

それでは、本日の演奏会をどのように聴いたのかについて、書いてゆくことに致します。

まずは、前半の≪プルチネルラ≫について。
何と言いましょうか、スッキリと纏っていた演奏だったとは思えたのですが、ただそれだけで、この作品が持っている妙味のようなものの薄い演奏だったかな、という印象でありました。急速な箇所ではキビキビとしていたものの、推進力を宿していたり、生命力に溢れていたり、といった音楽になっていたかと言えば、そうとは言い切れないものだった。
まずもって、出だしからして、堰きを切って溢れるような溌剌とした感興が薄かった。そう、生気に乏しかったのであります。しかも、この作品が纏っている「瀟洒な衣」といったものにも乏しかった。
この作品は、ただ単に小綺麗に纏め上げるだけでは、その味わいを描き上げ切れないのだ、ということを痛感させられた次第。山椒の効いていない≪プルチネルラ≫だった。そんなふうにも言えそう。
なお、鈴木秀美さんが指揮する時のように、対向配置を採るようなことはしていませんでした。また、鈴木さんが指揮する時に比べると、随分と余裕を持って演奏に当たっているようにも感じられたものでした。言い換えると、切迫感が薄かった。鈴木さんの時には、アンサンブルが粗くなることを厭わずに、指揮者が繰り出すアイディアや指示に必死になって付いていこう、といった緊張感を帯びているように感じられ、そのことによって音楽は生気を帯びたものになっていくのですが、なんだか、借りてきた猫のようだとも感じられた。そのことがまた、演奏を平板なものにしていたようにも思えたものでした。
なお、この作品には、コンサートマスターによるソロが随所に散りばめられているのですが、本日コンミスを務めていた西尾恵子さん(この方が、このオケのコンミスと務めるのに接するのは、本日が初めてのように思えます)によるソロは、端正で、かつ、しなやかで、とても素敵でありました。また、オーボエによるソロや、コントラバスによるソロなども、味わい深くて、巧みだったと感じられたものでした。

それでは、ここからはメインの≪スザンナの秘密≫について書いてゆくことに致しますが、とても素晴らしかった。それは、前半の≪プルチネルラ≫での不満を補って余りあるほどに感銘を受けたものでした。
まずもって、出だしから、音楽が弾け飛んでいました。軽やかで、煌びやかな音楽が耳に届けられたのであります。軽快にして、洒脱な音楽となっていた。思うに、前プロに比べて、リハーサルを重点的に積んでいったのでありましょう。音の粒の鮮やかさや、息遣いの伸びやかさやしなやかさが、≪プルチネルラ≫での比ではないと思えてならなかった。それはまた、小林さんのオペラ指揮者としての手腕の確かさの現れでもあったと言えそう。
また、冒頭に限らず、ジル伯爵が外出から一旦戻ってきて、スザンナが吸ったタバコの残り香に不倫相手が忍び込んでいたのであろうことに激怒し、挙句の果てには傘を取りに戻ったのだ、と言って取り繕う場面での、ドラマティックにしてエキサイティングな音楽の鮮やかさなどは、実に堂に入ったものとなっていました。
また、夫妻が愛を語らう場面などでは、甘美な雰囲気が十分でありました。しかも、決して出しゃばることなく、ムードを盛り上げていた。
そんなこんなはすなわち、オペラティックな感興に満ち溢れた音楽づくりが為されていたのだ、ということ。そして、この作品の妙味が遺憾無く紡ぎ出されていったのでありました。いやはや、見事な指揮でありました。
そんな小林さんを上回っていたのが、独唱者の2人。とりわけ、大西さんの見事さには惚れ惚れさせられたものでした。
後半の≪スザンナの秘密≫が上演される直前に行われたプレトークで、音楽評論家の岡田暁生氏は、次のように語っていたのであります。
2人の独唱者によるピアノリハーサルの録音を聴いたのだが、その見事さは破格なもので、ここまでの演唱に接することは、滅多に上演されることのないオペラだということも含めて、今後2度と訪れることはないであろうと言えるほど。それ故に、今日、ここに集まっている皆さんは、とてもラッキーなのだ、と。まさにその通りの歌唱だったと言いたい。
何はさておき、2人の歌唱は、実に伸びやかで、実直で、しかも、可笑しみに溢れていた。シリアスな場面も随所に散りばめられながらも、ブッファ的な要素の高い、このオペラ。それ故に、滑稽さは多少なりとも強調されて然るべきであります。とは言いましても、それが度を越すと鼻についてしまい、かつ、品を落としてしまう。本日の2人の歌いぶりは、その辺りの匙加減が絶妙だったと言いたい。
題名にある「スザンナの秘密」とは、結婚してまだ1ヶ月にしかならない夫妻の間に隠されている秘密、すなわち、スザンナは愛煙者だということ。そのことが最後の最後に明らかになるまで、ジル伯爵は、愛妻が喫煙者の男性と浮気をしているに違いないと思い悩み、嫉妬に狂い、癇癪を起こす。そんな夫の姿を目の当たりにするスザンナは、普段は優しい夫が、なぜ激昂するのか理解できないでいる。そのようなすれ違いに思い煩う2人。はたから見れば、なんとも滑稽なことでありますが、当事者にとっては一大事。その辺りの肌感覚といったところが、誇張されることなく、絶妙に、そして、自然に表されていたのであります。このことは、このオペラの肝であるとも言えそうなだけに、大いに魅せられたのでありました。
そのうえで、森谷さんは、適度にドラマティックで、拡がり感のある歌唱を繰り広げつつ、格調高い歌を聞かせてくれた。過剰に感情を激するようなことや、声を荒げるようなことがなかったことも、実に好ましかった。
更には、大西さんは、押し出しが強くて、それでいて、ユーモアが自然と滲み出てくる歌を披露してくれていて、なんとも見事でありました。なおかつ、声の威力は抜群。そして、艷やかな響きであり、歌いぶりだった。そう、「男の色気」が感じられる歌になっていた。それも、全く嫌味のない形で。それはまさに、「スタイリッシュな歌」と形容するに相応しいものだった。徹頭徹尾、大西さんの魅力がギッシリと詰まっていた、聴き応え十分な歌唱でありました。
なお、ステージの奥に指揮者とオケが陣取り、その手前にソファーやテーブルや杖立や、といった簡単な舞台装置を置いて、必要最小限にして、十分な演技を交えながら上演された、本日の公演。いいむろなおきさんによって演じられた、黙役(パントマイム)である給仕のサンテのコミカルな演技も含めて、このオペラの世界を過不足なく表現されていった舞台だったと言えましょう。その点も含めて、このチャーミングなオペラの魅力を存分に味わうことのできた公演でありました。


終演後のカーテンコールの様子がこちら。
KCCOによる演奏会は今年の5月半ばの定期演奏会以来で、およそ2ヶ月半ぶりでありましたが、終演後の写真撮影が許可されたのは今回が初めて。
終演後の写真撮影OKというサービスは、有難い限りであります。