ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルによるハイドンの≪V字≫と≪ロンドン≫を聴いて

ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルによるハイドンの≪V字≫と≪ロンドン≫(1964,65年ライヴ)を聴いてみました。
厳粛にして、厳格な演奏が展開されています。そのうえで、頗る緊密な音楽が奏で上げられている。集中度が高くもある。
それでいて、あまり堅苦しさは感じられません。眉間にしわを寄せたような表情をしている訳でもない。なるほど、柔和な表情を湛えているのではなく、硬質な音楽が鳴り響いている。それでいて、しなやかで、晴れやかで、朗らかなものとなっている。もっと言えば、優美でもある。
それは、相手がハイドンであるからこそのアプローチなのでありましょう。そして、ハイドンであるからこそ、聴き手は、そのような印象を受けるのでもありましょう。すなわち、ムラヴィンスキーは、目の前の音楽をあるがままの姿で奏で上げているが故に、ハイドンならではの妙味が現れている。そんな演奏なのだと言いたい。この点については、ここでのハイドンに対する演奏にのみに限った話ではなく、多くのムラヴィンスキーによる演奏に当てはまることだと思えるのですが。
しかも、高潔にして、気高さの感じられる音楽になっている。上で「優美」だという印象を受けたと打ち明けましたのも、そのためなのだと言いたい。
そんなこんなのうえで、壮麗にして、スケールの大きなハイドン演奏が展開されている。このことは、特に≪ロンドン≫において顕著であります。
(なお、しなやかさにおいては、2曲ともに、速めのテンポでキビキビと奏で上げられてゆく急速楽章において顕著。速めのテンポによって、活力の漲る音楽になってもいる。)
他の指揮者からは、なかなか聴くことができそうにない硬派なハイドン演奏ではありますが、実に見事な、そして、頗る魅力的な演奏であります。





