ローム・ミュージック・フェスティバル2026において開催された沖澤のどかさん&京都市交響楽団による演奏会を聴いて

今日は、沖澤のどかさん&京都市交響楽団による演奏会を聴いてきました。昨日、今日の2日間、ロームシアター京都で開催されたローム・ミュージック・フェスティバル2026の中でのコンサート。
演目と演奏者などにつきましては、お手数ですが、添付写真をご参照くださいますよう、よろしくお願い致します。

冒頭に置かれた作品を作曲した酒井健治さんは、1977年に大阪で生まれ、京都の芸術大学で学んだ作曲家。2003年と2005年~2007年のローム奨学生として、パリ音楽院に留学されているようです。昨日の務川さんによるリサイタルと言い、今年のフェスティバルは、パリに縁のある内容として構成されているのかもしれません。
作品のタイトルは、鴨長明の『方丈記』の冒頭の一文から引用されているとのこと。今回のフェスティバルのために作曲された作品で、本日が世界初演になります。酒井さんは、名前も知らなかった作曲家でありますが、どのような音楽世界が広がるのだろうかと、楽しみでありました。
続くメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲でソリストを務める青木尚佳さんは、ミュンヘン・フィルでコンミスを務めている奏者。彼女の演奏を聴くのは、これが初めてになります。以前、とても良い評判を耳にしたことがありますので、どのような演奏を繰り広げてくれるのだろうと、こちらも期待大でした。
プログラムの後半は、≪アルルの女≫の抜粋に、≪ロメオとジュリエット≫の抜粋に、≪ボレロ≫と、気軽に聴くことのできる作品が並んでいます。そのことは裏を返せば、これらの作品を、沖澤さんが如何にピリッとした演奏に仕上げてゆくのだろうか、といったところも注目点になるのかな、などとも考えたものでした。
そんなこんなの、本日の演奏会。どのような音楽に巡り会うことができるのだろうかと、とても興味深い演奏会でありました。

なお、このミュージック・フェスティバルは、ホールで催される有料演奏会のみならず、野外ステージでは、2日の間で畿内の4つの高校による吹奏楽の演奏を、無料で楽しむこともできます。
こちらに掲載する写真は、その吹奏楽コンサートの様子を撮影したものになります。

それでは、本日のオーケストラコンサートをどのように聴いたのかについて、書いてゆくことに致しましょう。

冒頭の酒井健治さんによる作品は、水の音が鳴り響いたり、ウグイスなどの鳥の囀りが聞こえてきたりと、京都の風景が音画のように描かれてゆく、といった音楽となっていたようだった。そんなこんなによって奏で上げられてゆく音楽を、京都に住んでいる中での身近な体験と結びつけながら聴き進める、といった聴き方をしたものでした。
ちなみに、旋律らしい旋律はほぼ無く、音そのものによって音楽を成立させると、いった作品だったと言えましょう。更には、多様な打楽器類をはじめとした特殊な楽器編成による響きが音楽に彩りを添える、といった作品でもあった。
そのような音楽を沖澤さんは、明快なバトンさばきによって、キッチリカッチリと奏で上げていった。このことは、沖澤さんによる多くの演奏で見受けられる、彼女の大きな美質だと言いたい。しかも、テンポの収縮や、三拍子や四拍子やといった拍節の変化といったものなどが、克明に、かつ、しなやかに、そして頗る自然で滑らかに表現される。音楽が、スパッ、スパッと進められてもゆきながら、生き生きとした表情を湛えることとなってもゆく。そんなこんなによって、音楽が整然と、そして、息遣い豊かに鳴り響くこととなる。
沖澤さんは、近現代の作品で好結果を示すことが多いように思われるのですが、その要因は、上で述べたような演奏ぶりによって、音楽が幾何学的に整った形で鳴り響くこととなるためだと言えるのではないでしょうか。
沖澤さんの美質を存分に感じることのできた演奏でありました。
続くメンデルスゾーンは、オケの編成をかなり刈り込んでいました(弦楽器のプルトの数は5-4-3-2-1.5)。しかも、最初の方では、かなりオケを手加減しながら鳴らしてゆく、といった感じになっていた。
と言いますのも、青木さんによるヴァイオリン独奏、出だしからしばらくの間は、かなり不安定だったのであります。それは、音程の不安定さや、音楽の流れの不安定さや、といった面において。それ故に、沖澤さんも、人数を刈り込んだとは言え、その編成であってもフルパワーでオケを鳴らすとヴァイオリン独奏を覆いつぶしかねない、といった懸念を持ちながら演奏を進めていたのだろう、といった印象を抱いたものでした。
しかしながら、第2主題が現れる直前辺りから第2主題全般にかけて、音楽の流れがしなやかに、かつ、自在になった。音楽がたゆたうようになった。そういったことが、テンポや歌い回しにおける微妙な伸縮に現れていた。それは、旋律の帰結点において、その旋律から離れることを惜しむようにしてテンポを落としながら最後の音に余韻を持たせる(そして、音楽をフ~ッと飲み込んでゆく)ことのみならず、旋律を奏でてゆく最中においても、テンポや、一つ一つの音の長さやを、微妙に伸縮させてゆく。その伸縮は、頻繁に、しかも、即興的に現れるため、旋律の最中において伸縮させられると沖澤さんも付けてゆくのに多少なりとも苦労する、といった風情が感じられたものでした。
とは言いましても、その伸縮は、独りよがりなものだとは感じられなかった。更に言えば、とってつけた感や、不自然さや、といったものは微塵も感じられなかった。青木さんが曲想から感じたままを音にしてゆくと、どうしてもそういった「揺らぎ」が生じてしまうのだ、といった演奏になっていたのだとも言いたい。この辺りが、青木さんの実力なのであり、音楽性の現れだったのでもありましょう。実に閃きに満ちた演奏となっていました。聴いていて、吸い込まれるような音楽になってもいた。
こうなれば、沖澤さんも、ヴァイオリン独奏に手加減するといったことは無用だとばかりに、音楽を雄弁に鳴らしてゆくようになったのであります。
とは言え、ここまでに述べた部分以降(すなわち、第1楽章の提示部における第2主題での演奏以降)についても、本日の青木さんの演奏は、好不調の波の大きなものだったのではないでしょうか。聴いていて吸い込まれるような感覚、といったものがあまり生じることはありませんでした。更には、この作品が持っている、迸り出るようなロマンティシズム、といったものが感じられることも殆ど無かった。例えば、第1楽章の真ん中辺りで現れるカデンツァへと流れ込む手前での激情も、さほど強いものになっていなかった。
そのような中では、第2楽章から最終楽章へと移行する繋ぎの部分、独白のように語りかけくる箇所では、細やかな心情が吐露されるといった演奏になっていて、聴いていて吸い込まれていった。また、最終楽章全般において、決して有頂天になってはしゃぎ回るといった表情ではなかったものの、充分なる躍動感の備わっている、明朗にして歯切れのよい音楽が奏で上げられていて、大いに惹かれたものでした。
青木さん、とても感受性の豊かなヴァイオリニストであることは間違いなさそうですが、本日の演奏のみでは、どのような美質の持ち主なのか今一つ計りかねる、といったところでありました。もっともっと、色々な演奏に接してみたいものであります。
なお、ソリストアンコールは、珍しく、披露されませんでした。

さて、ここからは後半について。
後半は「名曲コンサート」のような演目になっていましたが、沖澤さん&京響によるキッチリカッチリとしていて、かつ、端正にして入念な音楽づくりによって、あまり散漫な演奏内容にならなかった。そんなふうに言えそうでした。
後半最初の≪アルルの女≫での「メヌエット」は、フルートソロが何とも趣深かった。あまり出しゃばることなく、楚々と吹いていましたが、芯のシッカリとした吹きっぷりだったとも言いたい。
沖澤さんは、「メヌエット」が終わると、そのまま「ファランドール」に入いることをせずに、フルート奏者を立たせていました。そのような対応もむべなるかな、と思わせてくれる、素敵なソロでありました。
続く「ファランドール」では、リズミカルな動きが克明で、かつ、エンディングに向けての昂揚や、最後の最後で思いっ切りアッチェレランドを掛けて畳み掛けてゆくといった措置が、このナンバーに相応しかった。
≪ロメオとジュリエット≫も、なかなかの好演でありました。例えば、1曲目では、しばしば旋律を濃厚に歌わせていた。先日の≪家庭交響曲≫では、時に音楽が無為に流れてゆく、といったことも見受けられたのですが、ここでは、そのようなことに陥ることのない濃密な音楽が鳴り響いていた。
更には、第2曲目では、オケを思いっ切り鳴り響かせながら(と言いましても、全力でオケを開放させるのではなく、節度ある形でオケを鳴らしていた)、このナンバーをダイナミックに奏で上げてくれたものでした。そのために、野放図な音楽にならずに、凛とした音楽が鳴り響くこととなってもいた。
最後の≪ボレロ≫では、京響の各奏者のソロイスティックな魅力と、オケ全体のブレンドされたまろやかな響きとが押し出された演奏でありました。
(最難関のトロンボーンによるソロは、ややたどたどしくて、旋律線が滑らかに描き上げられていない、といったところが見受けられたのですが、このソロは、実演においては、どうしてもそんな風になってしまいしかねない。仕方のないところだと言わねばならないでしょう。なお、トロンボーンソロが終わった直後での、第2トロンボーン奏者やテューバ奏者もまた緊張感を解く仕草が、印象的でした。あのソロは、当人のみならず、周りにも緊張感をもたらしてしまうのだということを物語っていた光景でありました。)
やや遅めのテンポで、ジックリと、かつ、粛々と音楽が奏で上げられてゆく。その歩みは、とても堅実なものだった。そんな形で進められながら、最後になってAとBのそれぞれのメロディが1度ずつしか奏でられない箇所(いよいよ、スネアが2人になるなどして、ほぼ全員がトゥッティで奏で始める箇所)以降での壮絶な演奏ぶりには目を瞠るものがありました。また、転調した後(バスドラや、吊りシンバルや、銅鑼やも加わり、とうとう全員で奏でてゆく)での昂揚感も、身震いするものがあった。ここに向かって、音楽は進み続けてきた訳です。そんな設計が、明瞭に感じられる演奏でもありました。
終演後には、会場の一部から「ウワァ~」といった歓声に似た反応が起こりました。そのような熱狂に相応しい、興奮を掻き立てる音楽の中に身を置くことができたのは間違いありませんでした。このことが、実演で≪ボレロ≫に接する醍醐味だと言えるのでしょうが。
アンコールは≪剣の舞≫。後半の演目は、全てサックス入りの作品。そして、≪剣の舞≫もまた然り。せっかくサックスがいるのだから有効に使おう。そんな意図もあったのでしょう。
(或いは、サックスの入る作品が演目に入っていなければ≪剣の舞≫はアンコールしにくいため、「これは良い機会だ!」と考えたのかもしれません。)
その演奏はと言いますと、ノリが良くて、活気があって、音楽が存分に躍動していて、それでいて、こちらも無闇に野放図にならない、そんな如何にも沖澤さんらしい、素敵な演奏でありました。