2025年度全国共同制作オペラ≪愛の妙薬≫の京都公演を観劇して

今日は、ロームシアター京都でドニゼッティの≪愛の妙薬≫を観てきました。

指揮はセバスティアーノ・ロッリ。1975年にイタリアで生まれていて、ちょうど50歳になった中堅どころの指揮者であります。オペラ畑での活動がメインのようです。
演出は杉原邦生さん。プログラム冊子に掲載されているプロフィールにはオペラの演出に関する経歴が書かれていないため、ひょっとすると今回が初めてのオペラの演出なのかもしれません。
なお、独唱陣や、合唱、オーケストラにつきましては、お手数ですが添付写真をご覧くださいますようお願いします。

この公演は、2025年度全国共同制作オペラとして上演されるもので、全国で3つの公演が企画されました。昨年の11月に東京と大阪で上演されており、本日の京都公演が、その最終の公演となります。
東京と大阪では、ネモリーノを宮里直樹さんが、ベルコーレを大西宇宙さんが歌っていまして、そちらの配役のほうが私にとっては魅力的であり、大阪と京都と併せて観劇しようとも考えたのですが、大阪公演は他の演奏会(鈴木秀美さん&神戸市室内管によるベートーヴェンの第九)と日程が重なっていたため、京都公演のみを観ることにしたのでした。

全ての公演でアディーナを歌う高野百合絵さんは、佐渡裕さんがプロデュースするオペラ公演で、2度、聴いています。最初は2023年の≪ドン・ジョヴァンニ≫でのドンナ・アンナ、2つ目は2024年の≪蝶々夫人≫のタイトルロールでありました。その両者で、素直にして、的確な歌唱を繰り広げてくれたものでした。とても端正な歌いぶりでもあった。本日のアディーナでは、どのような歌を聞かせてくれるのだろうか。とても楽しみでありました。
ベルコーレに扮する池内響さんも、2度、実演に接しています。それは、ともに2024年に上演されたもので、びわ湖ホールオペラにおける≪ばらの騎士≫でのファーニナルと、井上道義さんにとって最後のオペラ公演となった≪ラ・ボエーム≫でのマルチェルロ。それらで、バリトンならではの朗々とした、そして、颯爽とした歌を披露してくれていた。馬力を感じさせてくれもした。そのような歌いぶりはベルコーレにぴったりだと思えるだけに、こちらにも大きな期待を寄せたものでした。
この2人以外は、指揮者も独唱者も、初めて聴くことになるメンバーばかりのはず。なお、指揮者のロッリは「ベルカント・オペラのスペシャリスト」と呼ばれているようです。

本日の公演、どのようなものになるのだろうか。ドキドキワクワクしながら、会場に向かったものでした。

それでは、本日の公演をどのように感じたのかについて、書いてゆくことに致します。

最も感銘を受けたのは、ベルコーレを歌っている池内さんでありました。声にハリがあって、押し出しの強い歌唱を披露してくれていた。ベルコーレに相応しい尊大さもある。しかもそれは、ベルカントオペラの範疇での尊大さ、といった程度で。そのために、第1幕の幕尻近くでネモリーノを「ブッフォーネ!!(愚か者め!!)」と罵倒する場面も、≪リゴレット≫で発せられる同じ言葉ほどに痛烈なものではなかった。その辺りの加減も含めて、ベルコーレに相応しい歌唱だったと思えたものでした。
なんとも立派な、そして、存在感の大きなベルコーレでありました。
また、高野さんによるアディーナも、率直な歌いぶりで、実に好ましかった。適度に可憐でもあった。それでいて、過度にコケティッシュな性格を帯びていなかった。それはまさに、これまでに接してきた高野さんの歌唱の延長線上にある歌いぶりでありました。そう、とても端正な歌であり、繊細であり、聴き手に優しく語りかけてくるような歌だったと言いたい。しかも、伸びやかでもあった。もう少し、性格的な歌になっても良いのでは、とも思えたのですが、心に沁みる歌でありました。この作品に相応しい(そう、アディーナという役に相応しいとともに、≪愛の妙薬≫というオペラに相応しい)抒情性の豊かさを備えてもいた。
そのうえで、第2幕の幕尻近くでの、ネモリーノに愛を告白する場面では、決然とした表情を湛えていて、キリッとした歌を繰り広げてくれていた。本日の高野さんの歌唱の白眉が、ここであったと言いたい。
繰り返しになりますが、本日のアディーナ全般において、婀娜っぽさ(あだっぽさ)は薄かった。はすっぽさのないアディーナだったと言えましょう。それだけに余計、端正な歌となっていた。そして、この幕尻の場面では、真摯さが滲み出ることとなっていたのでした。更には、高音域に駆け上がってゆく場面では、シッカリとした昂揚感を出しながらも、絶叫にならずに美観を損ねるようなことはありませんでした。その辺りも見事だったと言いたい。
本日の公演で、要所のナンバーが終わってからの聴衆からの喝采としては、ここの場面が最も盛大でありました。拍手は、いつ鳴りやむのか判らないほどに長く続いた。それも至極当然な、見事な歌唱だったと言えましょう。そのような喝采を浴びながら、高野さんも嬉しさを爆発させていて、舞台上で飛び跳ねるような素振りを見せていたものでした。
ドゥルカマーラに扮するヴィターレは、今一つ押し出しに欠けていました。ブッフォ役としての性格付けにも不足していたように思えた。
ドゥルカマーラは、このオペラを切り盛りする役であるだけに、ちょっと寂しいところでありました。第2幕に移ると、第1幕よりも颯爽とした雰囲気が出てきたようには思えたものでした。とは言うものの、このインチキ薬売りの狡猾さ(それは、憎み切れない狡猾さなのですが)といったものが示し切れていなかったように感じられたのが残念でした。
ネモリーノを歌う糸賀さんには、ちょっと失望させられました。開幕早々の短めのソロからして、不安定な歌唱でありました。そして、何よりも、声の質が≪セヴィリャの理髪師≫でのアルマヴィーヴァ伯爵が、第2幕で音楽教師に変装した際に声音をしわがらせて歌う場面での声音のようで、あまり甘美ではない。なるほど、ネモリーノに相応しい真摯な性格は滲み出ているのですが、あの声質と、歌唱の不安定さは、いかんともしがたい。そのために、糸賀さんの歌を聴いていても、なかなか歌に没入しづらかったというのが正直なところでありました。
最大の聞かせどころであります「人知れぬ涙」では、あまり感傷的にならずに、それでいて、情感タップリに、かつ、繊細に歌い上げていて、真摯でもあったのですが、その独特の声質のために、私にとっては今一つ胸を打つ歌唱になっていなかった。
本日の公演を通じて、ひたむきさが滲み出ており、その点ではネモリーノに相応しい歌いぶりだっただけに、余計に声質が残念でありました。

話しを指揮のロッリに移しましょう。
その音楽づくりには、最初のうちは、重たさが感じられた。ごく短めの前奏曲では、テンポが遅めで、伸びやかさに欠けていた。晴朗な雰囲気にも不足していた。「ベルカント・オペラのスペシャリスト」と呼ばれている、との評言が信じられない演奏内容でありました。
但し、興味深かったのは、音の粒を鮮やかに際立たせながら奏で上げてゆく、といった措置が採られていた点。そのことによって、とても滑舌が良くて、クッキリとした輪郭でもって描かれてゆく、といった音楽になっていました。それが、とても個性的であり、かつ、魅力的に感じられた。
そのような中で、ベルコーレが初めて登場する場面などは、その重さを持った音楽づくりが、軍隊に従事するベルコーレに相応しかった、という局面があったりもしたのですが。
そういった印象を持ちながら聴き進んでいったのですが、次第に、音楽づくりは軽やかさを得て、生気を帯びてきました。音楽が疾駆するようにもなった。とりわけ、第1幕のフィナーレでは、速めのテンポで軽快に奏で上げられていて、実に快活な音楽が響き渡っていました。聴いていてウキウキとしてもきた。
そして、第2幕では音楽が重くなるようなことは皆無でありました。溌剌としていて、このオペラに相応しい疾駆感に溢れていた。そして、抒情的な美しさにも不足はなかった。
そのうえで、これは第1幕の冒頭から感じられた音の粒を際立たせてゆく音楽づくりは、全編を通じて健在だった。その手腕は、見事だったと言いたい。
それだけに、第1幕の冒頭部分での重さが、残念であり、かつ、不思議でもありました。ロッリという指揮者は、エンジンが掛かるのに時間を要するのでしょうか。それとも、初めて指揮するオケを前にして、少し様子見をしていたのでしょうか。

さてここで、合唱について触れておく必要がありましょう。
実に立派でありました。生き生きとしていて、ベルカントオペラの範疇での輝かしさを備えてもいた。このオペラは合唱シーンが多いだけに、なんとも嬉しいところでありました。
演出は、とりたてて特殊なものではありませんでした。舞台装置としては、大きなハートのオブジェがメインで、あとは椅子が並べられたり、ベルコーレとアディーナの婚約披露宴でテーブルが並べたりといったくらいで、とても簡素なものでもあった。そのようなために、音楽を邪魔することが全くと言って良いほどになかったのが、私には有難かった。
終演後のカーテンコールは、写真撮影可でしたので、撮ってきました。舞台の様子、こんな感じでありました。

本日の公演、不満が幾つかありはしたものの、池内さんによるベルコーレと、高野さんによるアディーナに触れることができたことは、大きな歓びでありました。
オペラの公演というものは、何から何まで大満足ということは、稀有のことであります(それでも時折、本当にごくごく時折、何から何まで大満足という公演に出会うことはある)。本日は、頗る魅力的なベルコーレとアディーナに出会えたことに、感謝しなければならないでしょう。

#愛の妙薬