ミトロプーロス&ニューヨーク・フィルによるシェーンベルクの≪浄夜≫を聴いて
ミトロプーロス&ニューヨーク・フィルによるシェーンベルクの≪浄夜≫(1958年録音)を聴いてみました。
精緻で冷徹でいて、鮮烈で激情的な演奏であります。クールでいて、ホットな演奏とも言えそう。
このことは、ミトロプーロスによる多くの演奏から感じられることなのですが、この≪浄夜≫では、この点が殊更に色濃く出ているように思います。一見、矛盾するようなことが、なんの不自然さもなく両立しているという、驚くべき演奏。
それにしましても、なんと鋭利な演奏なのでしょう。基本的には、明晰を極めています。そう、頗るクリアな音楽が奏で上げられている。それでいて、音楽がうねりながら驀進してゆく。その推進力たるや、強大なものがある。
曖昧さが一切なく、輪郭線の克明な演奏ぶりでありながらも、フレキシビリティーがあって、律動感を伴いながら、音楽が大きく波立っている。非常に客観性の高い音楽づくりでありつつも、主情的でもあり、大きな起伏が取られていて、苛烈な音楽となっている。音楽が粘るようなことは皆無でありながら、ロマンティシズムに溢れている。シェイプアップされた音楽が奏で上げられつつも、演奏全体から「分厚さ」のようなものが感じられもする。そして、エネルギッシュで、ドラマティックな音楽が繰り広げられている。そのうえで、「透徹された官能性」と呼びたくなるものに覆われた音楽が鳴り響くこととなっている。
そんなこんなによって、聴き手の感情を煽ることの甚だしい、スリリングな感興に満ちた音楽が展開されることとなっているのであります。聴き手をウットリとさせる妖艶さを帯びたものとなってもいる。
これはもう、神業だと言えましょう。
ミトロプーロスの美質と、≪浄夜≫を聴く歓びとがギッシリと詰まっている、惚れ惚れするほどに素晴らしい演奏であります。