尾高忠明さん&大阪フィルによる西宮公演(チャイコフスキーの≪悲愴≫ 他)を聴いて

今日は、兵庫県立芸術文化センターで、尾高忠明さん&大阪フィルによる演奏会を聴いてきました。演目は、下記の3曲。
●芥川也寸志 ≪交響管弦楽のための音楽≫
●モーツァルト ≪ジュピター≫
●チャイコフスキー ≪悲愴≫
≪悲愴≫と≪ジュピター≫という超有名曲を並べたプログラム。
このコンビによるモーツァルトを聴くのは、私は初めてになるはずです。きっと、ケレン味のない、誠実にして構築感の確かなモーツァルトになるのだろうと、予想したものでした。そして、その演奏ぶりが、モーツァルトにマッチするのだろうかというところが、とても気になりもしたものでした。
なお、定期演奏会では、ソナタ形式で書かれた楽章の全てのリピートを敢行することの多い尾高さん。但し、定演以外では、必ずしもそうではない。本日の≪ジュピター≫ではどうなのだろうか、というところも注目点でありました。
そして、冒頭には芥川也寸志が置かれている。このコンビによる邦人作品を聴くのも、私は初めてのはず。同胞の作品で、どのような演奏を繰り広げてくれるのか、その点も楽しみでありました。
それでは、本日の演奏会をどのように聴いたのかについて、書いてゆくことに致します。

前半の2曲からになりますが、まずもって、前プロの芥川が頗る素晴らしかった。
これと言って大袈裟な演奏表現が採られている訳ではなく、むしろ端正な音楽づくりが為されていたと言えましょうが、「血湧き肉躍る」音楽が奏で上げられていました。それはまさに、「日本人の血に訴えかける」ような音楽として、鳴り響いていた。
そのうえで、第2曲目において顕著な、ハチャトゥリアンを思わせるようなバーバリズムも、格調高く立ち昇っていた。
その一方で、第1曲目での抒情性の豊かさも、見事だった。思わせぶりなところが微塵もなく、スッキリと奏で上げられてゆくのですが、しっとりとした情感が滲み出ていた。
そのような尾高さんの音楽づくりを、大阪フィルが献身的に「現実の音」にしてくれていったのであります。その協調ぶりは、目を見張るばかり。尾高さんが大阪フィルのシェフに就任して8年が経ちますが、蜜月状態にあると言えましょう。
オケの反応の機敏さや、的確さは、見事としか言いようがなかった。しかも、響きにまろやかさが感じられた。強奏部では、オケとしてのマスの力強さも十分だった。であるからこそ、「血湧き肉躍る」音楽が実現したのだとも言いたい。
そんなこんなによって、作品の魅力が十全に表されてゆく。
いやはや、痛快なまでに素晴らしい演奏でありました。
なお、弦楽器のプルトの数は、8-7-6-5-4。フル編成が採られていた、ということになります。
続く≪ジュピター≫では、プルトが5-5-4-3-2に縮小されていました。モダン楽器によるオケが演奏するモーツァルトとしては、順当な大きさだとも言えそうですが、やや小さめかな、といった印象も抱いてしまいます。
なぜ、ここまで弦楽器奏者の数を切り詰めたのか、というのは、演奏が始まってすぐに理解ができた。尾高さんは、この作品に壮麗さを求めていなかったのであります。力をかなりセーブしながら、慈しむように奏で上げていった尾高さん。それ故に、優美さが前面に押し出された演奏となっていた。テンポがさほど速くなかったことも、その印象を強くしたものでした。そして、キビキビとした運動性の弱い演奏となっていた。そのことが、生気に富んだ音楽、といったものから遠いものにしてもいた。
ベートーヴェン・ツィクルスでは溌溂とした音楽を、充実感タップリに鳴り響かせてくれていて、きっと、その延長線上にあるモーツァルト演奏になることだろうと予想していた(と言うよりも、期待していた)だけに、そのような姿勢とは正反対なモーツァルトとなっていた。そのことに肩透かしを喰った形となってしまった、というのが正直なところでありました。
なお、リピートは、第1楽章の主題提示部を敢行したのみで、他はカットしていった。このことだけが原因ではないものの、「構築感の高さ」といったものも、あまり感じられないモーツァルト演奏となっていた。
全体的に、意志の弱い演奏だった。もっと言えば、この曲を演奏する意義を、尾高さんがどこに見出していたのか、といったことが理解できない演奏だった。そんなふうに思えてなりませんでした。
ここからは、メインの≪悲愴≫について。
途轍もないほどに素晴らしかった。大熱演と呼ぶに相応しい演奏でありました。
アンコールを演奏する前に、尾高さによる短いスピーチが挟まれ、そこで「疲れました!!」と漏らしていたのが、なんとも印象的。さもありなん、と言いたくなるほどの渾身の演奏だった。そんなふうにも言いたい。
ちなみに、弦楽器のプルトの数は、前プロの芥川での演奏の規模に戻されていました。フル編成と呼べる規模での≪悲愴≫だった訳であります。
尾高さんらしい、ケレン味のない音楽づくりが為されていました。恣意的な表情など、どこにも無かった。それ故に、安心して作品の音楽世界に没頭できる演奏が繰り広げられることとなっていた。
なおかつ、あまり感傷的に浸ることのない演奏となっていた。そう、毅然とした演奏が展開されていたのであります。
この交響曲は、遅いテンポにどっぷりと身を浸して、情念タップリに演奏しようとすれば、幾らでもできると思われます。しかしながら、私は、そのような演奏をあまり好まない。もちろん、指揮者が強い共感を示しながら、そうした音楽づくりを行なってゆき、その表情がピタッと嵌まれば、私は大いに共鳴することでありましょう。しかしながら、そのようなことは、なかなか成し得ないことだと思う。それよりも、随所、随所で、音楽がダレてしまうことなく、前へ前へと推し進めてゆく音楽づくりを基調として、決然とした態度で演奏してゆくことを望みたくなる。
(あくまでも、≪悲愴≫の場合、そのような欲求を強く抱く、というふうに受け止めてください。)
本日の尾高さんによる≪悲愴≫は、そのような態度が見られることが多かった。それでも、まだ、「ここは、もっと前に進んで欲しいのにな」という箇所もありましたが、それでも、他の多くの演奏に比べると、私が理想としている歩調を採りながらの演奏が繰り広げられていたのであります。
その例を挙げていきましょう。
まずは、第1楽章の展開部で、音楽がクライマックスに向かって高調してゆく場面。音楽が全くダレることがなく、凄まじいまでの前進力を持ちながら進められていった。しかも、その頂点に達したところ(284小節目から285小節目にかけて)で、小節線を跨ぐことをためらうかのように、大きなルバートを掛けていた。そのことによって、強い情緒が生まれることとなってもいた。まさに、入魂の音楽づくりであり、強い共感に基づいた音楽づくりだったとも言いたい。
そう、決して変に粘るようなことはないのに、音楽がサバサバと流れるようなことも皆無で、音楽が逞しく呼吸していて、かつ、コクの深い音楽が奏で上げられていったのであります。
更に例を挙げましょう。
最終楽章の終わりに近い箇所(116小節目以降)で、トロンボーンからトランペットへと受け継がれながら音楽が高調してゆく箇所でも、速めのテンポを採りながら前へ前へと力強く前進していた。そのことによって、強い切迫感が生まれることとなってもいた。
かように、毅然とした態度に基づいた演奏であった訳でありますが、チャイコフスキーならではのロマンティシズムやダイナミズムに不足していた、ということは微塵もありませんでした。第1楽章の長い序奏の途中で、テンポがアップした箇所では、とても機敏な音楽が奏で上げられていた。しかも、ヴィオラの動きを強調するなどして、彫琢の深い音楽を鳴り響かせよう、といった意図が強く見受けられもした。
いよいよ序奏部が終わり、主部でのゆったりとした甘美な旋律が現れると、過度に甘ったるくなるようなことはないものの、十分なる歌心を秘めた音楽が鳴り響いていった。しかも、確固たる歩調で進んでゆくのでありました。
更には、展開部では、まさに嵐のような音楽が鳴り響いていた。整然としていながら、荒れ狂うような音楽になっていた。そんなふうにも言いたい。
似たようなことが第3楽章にも当てはまる。過度に速いテンポが採られていた訳ではなかったものの、ダイナミックに突き進んでいった。そう、確固とした足取りのもと、突進力の強い演奏が展開されていたのであります。それは、馬力の強い演奏だったとも言えそう。その様が、この楽章の性格に、実に相応しかった。一昔前であれば、会場から大きな拍手が送られていたことでありましょう。
そして、過度にセンチメンタルになるようなことはなかったものの、情緒豊かで、かつ、切迫感に満ちた最終楽章が続いた。実に起伏に富んでいて、しかも、それぞれの表現が、この音楽から逸れるようなことのない演奏でもあった。
尾高さん、シベリウスやラフマニノフで、超弩級の演奏を繰り広げてくれますが、本日の≪悲愴≫も、その部類に含まれる演奏だった。そんなふうに言いたい。
なお、アンコールとして、チャイコフスキーによる≪イワン・サマーリンの思い出に≫という作品が演奏されました。弦楽器のみで奏で上げられてゆく作品。初めて聴く音楽でありました。
1884年に作曲されたようで、チャイコフスキーが44歳の時の作品になります。時期としては、交響曲第4番と第5番が書かれる、そのちょうど真ん中辺りということになる。
その演奏はと言いますと、抒情性の豊かさを前面に押し出したものとなっていました。頗るしっとりとしてもいた。心が浄化されるようでもあった。
≪悲愴≫の後のアンコールに相応しかった。そのような思いを強く持ったものでした。






