藤岡幸夫さん&関西フィルによる演奏会(上原彩子さんをソリストに招いてのブラームスのピアノ協奏曲第2番 他)を聴いて

今日は、藤岡幸夫さん&関西フィルによる演奏会を聴いてきました。演目は、下記の3曲。
●ブラームス ピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:上原彩子さん)
●R・シュトラウス ≪死と変容≫
●山田竜雅 ≪祈り≫(ソプラノ独唱:石橋栄実さん)
一番のお目当ては、上原彩子さんが弾くブラームス。上原さんによる実演は、ここ4年ほどの間に、大友直人さん&大阪フィルとのベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番、沖澤のどかさん&京響とのプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番を聴いていますが、いずれにおいても、頗る強靭で骨太な音楽づくりが為されていて充実した演奏を繰り広げてくれています。しかも、曲想が軽やかになると音が嬉々として跳び跳ね始めたり、曲想に応じて煌びやかであったり敏捷性の高い演奏ぶりを示したりと、緊密感や凝縮度が高くもあったりと、自在感に富んだ演奏を繰り広げてくれている。また、硬質なタッチを基調としつつも、場面によっては必要十分にまろやかさやしなやかさを帯びた音楽づくりが示されもする。
そのような上原さんが、ブラームスのピアノ協奏曲で、しかも第2番で、どのような演奏を繰り広げてくれるのか、頗る楽しみでありました。これまでに聴いてきた演奏から推察するに、第1番のほうが上原さんに適していると思われるだけに、第2番を弾くというところに興味を惹かれます。とは言え、きっと素晴らしい演奏になるのだろうと、大いに期待をしているところでもあったのですが。
また、藤岡さんによるR・シュトラウスを聴くのは、今回が初めてのはずであります。オーケストラ音楽の精華が示されてゆく、とも言えそうなR・シュトラウスの作品を、藤岡さんがどのように聞かせてくれるのか。とても興味深いところでありました。
トリに据えられた邦人作品は、作曲家の名前も知らなかった、未知の作品。3年前に初演された作品で、作曲者の山田竜雅さんは20代半ばだそうです。二部構成となっており、第1部はオケだけで演奏され、第2部にソプラノ独唱が入るとのこと。
どのような音楽に出会うことができるのか、こちらも楽しみでありました。
なお、ソプラノ独唱の石橋栄実さんは、今年の1月に下野竜也さん&大阪フィルとの≪青ひげ公の城≫で、なんとも素晴らしいユディットを演じてくれた。それは、純真無垢であり、伸びやかな歌唱でもあった。本日もまた、素敵な歌を聞かせてくれることだろうと、期待が募りました。
それでは、本日の演奏会をどのように聴いたのかについて、書いてゆくことに致します。

まずは、前半のブラームスについて。
上原さん、期待を遥かに上回る素晴らしさでありました。彼女らしい、強靭にして、表現力の豊かな演奏となっていたのであります。奥行きの深さの感じられる演奏でもあった。
冒頭からして、実にニュアンスに富んでいた。何の変哲も無さそうな上行する音型が、なんとも意味深く響いていたのであります。しかも、登りきったところで奏で上げられる音達が、豊かに息づいていた。そう、ゆったりとした流れの中で奏でられる何てことのなさそうな音が、なんとも豊穣な音楽になっていたのであります。この、音楽が開始されてほんの10小節ほどの間で、上原さんによる音楽にグッと惹き込まれていったものでした。もう、ここの箇所だけで勝負あった、と言えましょう。
なお、余談ではありありますが、冒頭のホルンによる導入は、高い山を見上げるか、高い山の頂上から辺りを見渡すか、そのいずれかのような光景が広がる(いずれにしても、そこには高い山が聳え立っている)、といった世界の広がる音楽になっていると考えます。しかしながら、本日のオケによる演奏は、そのような雰囲気に包まれることがなかったのが惜しまれました。そう、気高さに乏しい音楽になっていた。そのように鳴り響いていた音楽を、上原さんが一気に気高いものにしてくれたのでしたが。
余談はさておき、出だしだけで私を魅了した上原さんは、その後も、唖然とするほどに素晴らしかった。ほんの些細なアゴーギクの変化によって、音楽が絶妙に息づいてゆく。また、ただ単に強靭であるだけでなく、繊細な表現にも溢れていた。そのいずれもが、頗る自然であり、音楽にコクを与えることになっていた。冒頭で、「奥行きの深さ」と書きましたのも、この辺りからくるのであります。
しかも、全編を通じて、隈取りの鮮やかな演奏となっていた。そう、彫琢の深い音楽が奏で上げられていたのであります。呼吸感の素晴らしさも、見事だった。最終楽章において顕著ではありますが、随所で見ることのできる律動的な音楽での敏捷性の高い演奏ぶりなども、溜息が出るほどの素晴らしさであった。
また、この協奏曲は、決してヴィルトゥオジティの高さを誇張するような音楽になっている訳ではありませんが、技巧的な難易度はかなり高いと言えましょう。そのような作品を、格調高く、そして生気に溢れた形で演奏していった上原さん。構成感の強固さが滲み出てくる演奏ぶりだったとも言いたい。それ故に、この作品ならではのスケールの大きさも、巧まざる形で表されていった。
上原さんの音楽性の豊かさと、ピアニズムの巧みさとが溢れ出ていた、惚れ惚れするほどに素晴らしい演奏でありました。
また、第3楽章でのチェロのソロが、なんとも見事でありました。実に艷やかで、かつ、伸びやかだった。ノーブルな魅力に満ちてもいた。また、オーボエとの掛け合いとなった箇所では、変に出しゃばったりせずに、節度ある演奏ぶりを示していた。しかも、そうでありながらも、決して裏に回るようなことはなく、気品のある音楽を聞かせてきれてゆく。その対処に、センスの高さが感じられたものだった。
そんなこんなの演奏ぶりに、うっとりとさせられたものでした。本日のチェロのトップは、北垣彩さんという女性奏者。まだ20代のようで、本日は客演の首席奏者として務めておられていたようです。北垣さん、これから先がとても楽しみなチェリストであります。
なお、ソリストアンコールは無し。作品の規模としましても、その内容にしましても、「大作」と呼ぶ相応しいブラームスのピアノ協奏曲第2番。この協奏曲に全身全霊を傾けた後には、アンコールを弾くことができなくなるのも、よく解ります。
ここからは、後半の2曲について。まずは≪死と変容≫からであります。
なかなかの熱演でありました。
プレトークで披露されて初めて知ったのですが、藤岡さんは、30年ちょっと前、イギリスのBBCフィルで研鑽を積んでいた時代に、ショルティのアシスタントを務めていたようです。その時期に、ショルティの下で、この≪死と変容≫を勉強されたとのこと。その当時、藤岡さんも、この作品を何度か演奏会で採り上げたそうですが、まだ時期が早いと判断されて、しばらくは演奏会に乗せることを止めたようです。本日は、ほぼ30年ぶりの演奏会での演奏だとのこと。
そんな、思い入れの強い作品のようで、そのことが、演奏の端々で感じられた。とりわけ、音楽がAllegro molto agitatoの指示に基づいて速度を速めた後に、またゆったりとしたテンポに落ちる(その際に、molto ritenutoの指示のもとにオーボエがソロを奏でる)箇所の10小節ほど前の練習番号Lで、途轍もなく著しいリタルダンドを掛けた箇所などは、まさに入魂の音楽だったと言いたい。
この箇所のみならず、音楽が速い足取りで疾駆する箇所では、音楽の奔流といった形で推し進められていた。そう、とても推進力の強い音楽となっていたのであります。なおかつ、オケを存分に鳴らしていて、エネルギッシュにしてドラマティックでもあった。その様は、「オーケストラ音楽の精華」と呼べそうなR・シュトラウスの音楽に相応しかった。
但し、音楽がうねりながら進んでゆく、といった形にはなっていなかったように思われた。と言うのも、もっと前のめりになりながら、音楽を前へ前へと前進させて欲しい、と望みたくなる箇所で、望み通りの前進力が備わった演奏となってくれなかったのであります。なるほど、音楽の奔流は感じられても、それが渦巻くところまでには至っていなかった。そんなふうに思えてならなかった。そのため、聴いていて恍惚としてくる、といったこともなかった。
≪死と変容≫は、R・シュトラウスによる作品の中でも、ひときわそういった要素が強いと思われる、しかも、それが屈託なくストレートに現れてくると思われるだけに、なんとも残念でありました。
また、ゆったりとしたテンポの箇所、例えば、先ほど例に挙げたオーボエによって導かれるゆったりとした箇所(コンマスとチェロのトップによるソロの掛け合いが含まれる箇所)では、音楽に緊張感を与えきれていなかったように思われた。そう、音楽が弛緩してしまっていて、かつ、無為に進んでゆく、といった印象を受けたのであります。これは、冒頭部分においても然り。特に、冒頭部分は、かなりテンポを遅くしていたために、その感を強くした。この部分は、冴え冴えとした音楽が鳴り響いて欲しいのですが、そのような空気が充満することはなかった。
また、ティンパニを突出させる箇所が多かったことが気になって仕方がありませんでした。それは、全体のバランスを崩してしまうほどだった。音楽を衝撃的に仕上げてゆこう、といった意図があったのでしょうが、やり過ぎだと思えてならなかった。とりわけ、序奏部が終わってテンポが上がった最初の一撃は、「いったい何事が起きたのだ」と驚かされました。その様は、粗暴だったとも言いたい。
かように、聴くべきところが多く散りばめられた演奏ではあったものの、問題も多かった演奏でありました。
さて、ここからはメインの≪祈り≫についてであります。藤岡さんのたっての希望でプログラムに採り上げた作品だということだけに、思い入れタップリな演奏でありました。特に第1部が。
オケだけによる第1部は、かなり動きの激しい音楽でありました。出だしは2+3拍子を基調としたリズミカルな音楽となっていて、どこかバーンスタインを思わせるものになっていた。ところが、アイヴズのような曲調になったり、行進曲風の曲調に切り替わるとベルクの≪ヴォツェック≫の中での行進曲の場面が想起させられたりと、多様な音楽世界が現れる。そのような作品を、藤岡さんは、それぞれの性格をクッキリと描き上げていたように思えたのであります。
続く第2部は、ゆったりとしたテンポに則っての、安寧な音楽世界が広がった。そこでの、石橋さんによる清浄な歌いぶりが、心に沁みたものでした。
とは言うものの、音楽も演奏も、第1部が面白かった、というのが正直なところでありました。






