ジュリーニ&バイエルン放送響によるシューベルトの≪未完成≫と≪悲劇的≫を聴いて

ジュリーニ&バイエルン放送響によるシューベルトの≪未完成≫と≪悲劇的≫(1995,93年ライヴ)を聴いてみました。
両曲ともに、極端なほどに遅いテンポが採られていて、悠揚迫らぬ演奏が繰り広げられています。ちなみに、≪未完成≫の演奏時間は、第1楽章の繰り返しが実行されてのことではあるのですが、およそ29分半を要している。
その演奏はと言いますと、充実感タップリなもの。重量感があり、ズシリとした手応えを感じさせてくれる。
これは両曲について言えることなのですが、デモーニッシュな空気を備えているシューベルト演奏となっています。何とも、おどろおどろしい音楽が奏で上げられている。特に、≪未完成≫において、そのような印象が強い。
シューベルトの音楽は、良い意味での「小市民的」な慎ましさや、家庭的でフレンドリーな雰囲気を湛えているものが多いと思えるのですが、ジュリーニによるここでの演奏は、両曲ともに「大交響曲」的な佇まいが示されています。しかしながら、そのことが大袈裟に感じられない。奇異だとも思えない。それよりも、内容のギッシリと詰まった演奏だと感じずにおれない。更には、コク深さが感じられもする。なるほど、厳粛な音楽となってはいますが、何と言えば良いのでしょう、愛情深さのようなものが感じられる。音楽を突っぱねている訳ではなく、慈愛を持った演奏となってもいる。更には、遅いテンポが採られていながらも、音楽が停滞することがない。流麗だとは言わないまでも、淀みのない流れが、ここにはある。
聴き応え十分で、なんとも見事な演奏であります。そして、奥行きの深い演奏であります。
ちなみに、この≪未完成≫は、ワルター&ニューヨーク・フィル、C・クライバー&ウィーン・フィルとともに、私にとってはベスト3の一角を成す演奏となっています。





