雪の嵐山と、小林愛実さんによるピアノリサイタル(≪クライスレリアーナ≫≪クープランの墓≫ 他)の大阪公演

今日は、大阪のザ・シンフォニーホールで小林愛実によるピアノリサイタルを聴いてきました。

大阪へは阪急の嵐山駅から電車を利用しているのですが、嵐山エリアは昨夜からの雪が積もって、一面雪景色。今シーズンは、雪が舞うことは何度かあったものの、ここまでの積雪は初めてです。
普段とは全く違う表情を見せている渡月橋。まるで山水画の世界のようです。

但し、お昼過ぎの大阪市内は全く積雪がなく、京都とは別世界。拍子抜けをしてしまいました。

さて、ピアノリサイタルの演目は、下記の通りでありました
●ラヴェル ≪前奏曲≫
●  〃  ≪ボロディン風に≫
●  〃  ≪シャブリエ風に≫
●シューマン ≪クライスレリアーナ≫
~休憩~
●ショパン 3つのマズルカ Op.59
●ラヴェル ≪クープランの墓≫

小林愛実さんの実演に接するのは、2024年12月にピアノリサイタルを聴いて以来で、本日が2回目になります。
前回のリサイタルでは、シューベルト、ショーマン、ショパンが演奏されたのですが、弱音を主体にした、徹底してスタティックな演奏ぶりが披露されていました。そのことによって、とても繊細で、玄妙で、内省的な音楽が奏で上げられていた。とは言うものの、そこでの演奏に、強く惹かれるようなことはありませんでした。音楽が今一つ飛翔し切れていなくて、逞しい生命力にも不足していたように思え、そこに不満を覚えたのでした。そして、どの作品においても似たようなアプローチが為されていて、食傷気味になったものでした。
本日は、ラヴェルの作品を数多く散りばめながら、シューマンにショパンを織り交ぜてのプログラム構成。どのような演奏が繰り広げられるのだろうか、もっと言えば、前回抱いたモヤモヤ感を払拭してくれる演奏を繰り広げてくれるのだろうかと、期待と不安とがない交ぜになって、会場に向かったものでした。

なお、お客の入りが少ないのにびっくりしました。半分埋まっているかどうか、といったところだったでしょうか。
それでは、本日のリサイタルをどのように聴いたのかについて、書いてゆくことに致します。

まずは前半から。
清潔感や清涼感の漂う演奏ぶりでありました。更に言えば、とてもリリックな演奏となっていました。そして、精巧にして、ピュアな音楽が鳴り響いていた。その点で言えば、前回のリサイタルでの演奏ぶりの延長線上にあるものだったと言えましょう。と言いますか、この辺りに小林さんの美質があるように思えます。
そのうえで、前回のリサイタルで感じられた生命力の不足といったものが、今回は感じられなかった。音楽の芯がシッカリとしていて、かつ、充分に躍動していたのであります。
とりわけ、左手の雄弁さが、演奏に逞しさや、奥行きの深さを加えてくれていたことに感心させられました。それは、ラヴェルの小品を3つ並べたものからも感じられた。特に、≪シャブリエ風に≫において。
ラヴェルの3曲では、とても可憐な演奏が展開されていました。瀟洒な感覚にも不足はなかった。とは言うものの、聞きものはシューマンだったと言えましょう。
そのシューマンでは、この作曲家に特有の熱狂を充分に備えた演奏となっていました。と言いましょうか、凛とした佇まいと熱狂とを上手く並立させていた。躍動感に溢れたナンバーでは、充分なる敏捷性が示されてもいた。また、ダイナミックなナンバーでは、強靭でありつつも濁りのないタッチで音楽を彩っていった。音楽が充分にうねってもいた。その様からは、前回のリサイタルとは別人のようだった、という印象を受けたものでした。
その一方で、物静か名ナンバーでは沈着な音楽を奏で上げていく。そう、とても起伏の大きな音楽が鳴り響いていたのであります。それがまた、いかにもシューマンらしくもあった。
そんなこんなの、ツボを得た音楽づくりが披露されていました。しかも、共感に満ちた演奏ぶりで、この作品を描き上げてくれていた。
前半を聴いた時点で、前回の不満は払拭されました。それだけに、後半がいよいよ楽しみだな、という思いで休憩時間を過ごしたものでした。

ここからは、後半について。
後半でも、前半と同様の演奏ぶりが示されていました。すなわち、デリケートにして精妙な演奏が展開されていて、音楽か豊かに息づいていた。
これは、前半でも窺えたことなのですが、微妙に音楽を揺らしたり、旋律線の途中を膨らませたり、といった表情づけを随所に見せていました。しかも、それらがワザとらしくない。特に、音楽を膨らませてゆくやり方によって、豊かな息遣いが生まれ、かつ、音楽に生命力が与えられてゆく。その様が、なんとも音楽的で、ハッとさせられることがしばしば。その際、左手による音型が音楽にザワメキを与えることも多く、その結果として音楽が生き生きと呼吸してゆく。
しかも、その表情付けに誇張はない。とても率直な表現となっているのであります。その点に、小林さんの瑞々しい感性が透けて見えてくる。そう、本日の演奏全体について、瑞々しさが窺えたのであります。多感な演奏だったとも言いたい。
そのうえで、ショパンにおいては、リリカルな美しさを湛えた音楽が鳴り響いていました。なおかつ、切なさや物悲しさが備わってもいた。とは言うものの、必要以上に感傷的になるようなことはなく、音楽のフォルムが崩れるようなことはなかった。それは、ショパンのマズルカの音楽世界に、強い共感を抱いていつ、音楽を感じ切っていたが故なのでありましょう。
また、≪クープランの墓≫では、精妙にして精巧な演奏が展開されていった。第1曲目では、実に軽妙であり、かつ、粒の細やかさがキッチリと出ていて、音楽が底光りしていたとも言いたい。また、リズミカルな性格の強いナンバーでは、チャーミングに躍動していた。その一方で、ダイナミズムが前面に押し出されてゆくナンバーでは、力強さが十分。とりわけ、最終曲は、頗るダイナミックでエネルギッシュであり、かつ、疾駆感にも富んでいた。エンディングに向かっての昂揚も見事だった。また、テクニックの切れも十分。そんなこんなによって、実にスリリングな最終曲となっていました。
そう、全体を通じて、技巧的な見事さが随所に散りばめられていたのであります。とは言うものの、それをひけらかすようなことがないところが、私には実に好ましかった。この辺りは、小林さんの人間性にも依るのでありましょう。

アンコールは3曲が披露されました。
最初のショパンの≪黒鍵≫は、そんな技巧性の高さが存分に現れていました。しかも、とても軽やかに弾いていった。それは、蝶がヒラヒラと飛んでいるようでもあった。そう、音楽が軽やかに飛翔していたのであります。
そのようなことも含めて、実に鮮やかな≪黒鍵≫となっていました。
続くシューマンの≪トロイメライ≫は、過度に感傷的になったり、沈鬱した音楽になったりせずに、それでいて、詩情の豊かな演奏となっていました。
前回のリサイタルでは、≪子供の情景≫に含まれる形で≪トロイメライ≫が弾かれ、そこでは音楽が止まってしまうのではないだろうかというような遅さで弾いていって、随分と沈鬱とした演奏になっていたように記憶しています。それに比べると、今回は、あまり恣意的な演奏になるようなことがなかった。私は、断然、本日の演奏の方に惹かれました。
最後にショパンの前奏曲から第17番が演奏されましたが、ここでも、音楽のフォルムを崩すようなことなく、詩情の豊かさを描き上げてくれていました。
ショパン、シューマンに、ラヴェルを加えたプログラム本編でしたので、アンコールでもこの3人の作品を演奏してくれれば良いのに、といった欲も出てきて、ラヴェルがアンコールされなかったのは残念だったのですが、なかなかに素敵なアンコールでありました。

テクニックの見事さと、瑞々しい感性と、精妙な音楽づくりとが相まっての、聴き応え十分なリサイタルでありました。
これからの小林さんの演奏が、実に楽しみであります。