タローによるピアノリサイタル(ドビュッシーの≪海≫ 他)の箕面公演を聴いて

今日は、箕面市立メイプルホールでタローによるピアノリサイタルを聴いてきました。
演目は、お手数ではございますが、下の添付写真をご参照くださいますようお願い申し上げます。

1968年にフランス生まれたタロー。本日は、フランスの作曲家による作品のみで組み立てられたプログラムを用意してくれています。前半は、小品を10曲並べた構成になっている。
タローによるピアノリサイタルは、3年前の10月に今回と同じく箕面市立メイプルホールで聴いて以来となり、今回で2回目になります。3年前のリサイタルも、グリーグの≪抒情小品集≫から数曲をピックアップして弾いた以外は、クープラン、ドビュッシー、ラヴェルの作品を並べた、フランス音楽主体のプログラムでありました。その中には、タロー自身が編曲したラヴェルの≪ラ・ヴァルス≫も加えられていた。本日は、タロー編によるドビュッシーの≪海≫が披露される。管弦楽作品を自らが編曲してプログラムに織り込むという手法を、タローは好んでいるのかもしれません。

前回のリサイタルでは、弱音での玄妙な美しさから、強音での剛毅な強靭さと、その幅の広さに驚かされたものでした。しかも、全編において、品格に満ちていた。
凛としていて規律正しい音楽をベースにしながら、随所で音楽の激流が生み出される。ときに音楽がたゆたうように揺らめきつつ、ときに毅然とした音楽の大伽藍を築き上げてゆく。その様の、なんと精妙だったこと。リリシズムに溢れていて、かつ、ダイナミックな音楽世界が広がってゆく音楽が奏で上げられていったものでした。
本日も、同様の音楽世界に身を置くことができるのではないだろうか。そのように期待し、心を躍らせながら会場に向かったものでした。

なお、ホールに入場すると、タローによるサインの色紙が飾られていました。粋な計らいであります。

それでは、本日のリサイタルをどのように聴いたのかについて、書いてゆくことに致します。

いやはや、途轍もなく素晴らしかった。かなり大きな期待を寄せていたリサイタルでありましたが、その期待を遥かに上回るものとなりました。
前半の、10曲の小品(最後のシャブリエは、小品集から4つのナンバーが抜粋されている)並べたプログラムでは、途中で聴衆からの拍手を入れさせずに一気に弾き切っていました。(ほばアタッカと呼べるほどに間髪を入れずに次の曲に入ることもあれば、十分に合間を入れることもありましたが。)
それ故に、緊張感の切れることのない音楽世界が広がることとなっていました。と言いましても、過度に緊張を強いるようなことはない。ピンと張り詰めた空気が漂うことが多かったものの、伸びやかさや、しなやかさを備えた音楽が奏で上げられていった。
基本的には、エレガントな雰囲気の漂う演奏ぶりでありました。そして、実に凛々しい音楽が奏で上げられていった。それでいて、必要に応じて、強靭な音楽であったり、壮麗であったり、といった音楽を奏で上げてもいた。その辺りも含めて、なんとも豊穣な演奏でありました。
とりわけ、6曲目のビゼーや、最後に置かれたシャブリエでは、鬼気迫るような迫力に満ちた音楽を奏でていた。3年前のリサイタルと同様に、このような一面も持ち合わせているタローに、驚かされたものでした。
曲目の多彩さも含めて、彩り豊かな音楽世界の広がる前半でありました。

さて、ここからは、メインの≪海≫を中心に書いてゆくことに致します。
前半でも、かなり強靭なピアノ演奏が繰り広げられていたのですが、後半はより一層、強靭な演奏ぶりが披露されていった。とりわけ、≪海≫において、その感を強くしたものでした。
と言いましても、ただ単に強靭な音楽づくりのみが施されていた訳ではありません。いや、繊細にして、精妙な音楽づくりが主体でありました。しかも、どんなに繊細な音楽づくりが為されても、音楽が痩せるようなことは皆無。芯のシッカリとした音楽を鳴り響かせてゆく。そして、音がキラキラと煌めいている。
そう、粒立ちが実に鮮やかで、目鼻立ちのクッキリとした音楽づくりが為されていた。その響きたるや、惚れ惚れするほどに美しかった。しかも、朧気なところが微塵もない。実に現実味に溢れた音が散りばめられていたのであります。生気に富んだ音でもあった。
そのうえで、前半での演奏からも感じられたようにエレガントな空気を纏った音楽が鳴り響いていた。
それにしましても、力感に満ちた演奏ぶりの、なんと凄まじかったこと。頗る壮麗でもあった。その様は、オーケストラによる演奏に、少しも引けを取るようなところがなかったと言いたい。楽器を、思う存分に鳴り響かせていた。叩きつけるようなタッチを繰り出すこともしばしば。なるほど、ペダルを踏んで音がそのまま残ると、響きが濁っていたことも多かったのですが、それが汚いと感じたり、音楽的でなかったり、といったようなことはなかった。むしろ、タローの強い意志の表れが、濁った響きとなって空中に漂っていたのだ、と思えてきたものでした。
例えば、第1曲目の「海の夜明けから昼まで」の残り1分ほどに差し掛かった箇所では、オケでの演奏のように、様々な楽器が折り重なりながら精妙な音楽を織りなしてゆく、といった風になる訳ではないために、音楽の実像といったものが掴み切れなかったりもしました。ここが、本日のピアノによる≪海≫の、殆ど唯一の残念な箇所だったと言えそう。ここ以外では、ピアノによる演奏だということに、不満を抱くことはありませんでした。むしろ、一人で演奏しているが故に、音楽全体を自在にコントロールしたり、細かなニュアンス付けを自然に施していったり、音楽を生き生きと息づかせていったり、といった音楽づくりを、ひずみを生むことなく成すことができる、といった利点が生まれていたと言いたい。
その結果として、精緻にして、色彩豊かで、ドラマティックで、スケールの大きな音楽が奏で上げられることとなった。
しかも、コケ威しなところがあったり、音楽のフォルムが崩れたり、といったようなことは皆無。それは、タローの音楽への誠実さ故なのでありましょう。また、どんなに力強い演奏ぶりが示されても、清澄な雰囲気が崩れることがなく、かつ、凛とした音楽が鳴り響いていたのは、タローの真骨頂だと言えましょう。
更には、テクニックの切れが抜群。そのために、ドラマティックであるとともに、スリリングな演奏となっていた。
聴いていて、ただただ圧倒される≪海≫でありました。それは、快感を喚び起こしてくれるものであるとともに、気高さに震え上がる、といったものでもありました。

アンコールは、添付写真の3曲。
最初に演奏された≪マ・メール・ロワ≫からの終曲は、柔らかみを帯びた響きと演奏ぶりの中から、夢想的な音楽世界が立ち上がってくる、といった演奏でありました。しかも、音楽が昂揚するにつれ、宏壮な音楽世界が広がることとなってもいた。
これはすなわち、≪マ・メール・ロワ≫の終曲が元来備えている性格だと言えましょうが、その世界観を見事に表出していたのであります。
それに加えて、本日のリサイタルの中で、最も柔らかみを前面に押し出した演奏になっていたように思われ、とても印象深いアンコールでありました。
続いて演奏されたのは、シャンソンの≪愛の讃歌≫をタローがピアノ用に編曲したもの。
こちらでは、エレガントな要素が前面に押し出されていた。とは言うものの、ピアニスティックな煌めきも織り込まれた編曲になっていたこともあって、ただ単にムードに流されるようなことのない、芸術性の高さを感じさせてくれる音楽となっていました。
最後に演奏されたサティは、アンニュイな雰囲気に満ちた演奏。これぞサティ、と言えましょう。

最初にも書きましたが、当初抱いていた期待を遥かに上回るリサイタルとなりました。
それと同時に、タローは、ミラクルでマジカルなピアニストだな、と感じ入ったリサイタルとなったものでした。